「坂本敏美を知ってますか?」
ふとした雑談の最中、梅田厩舎の加藤厩務員からこう振られた。かつて公営・名古屋競馬で圧倒的な成績を残したジョッキーだったことはもちろん、名前を聞いたことすら、恥ずかしながら初めてだった。
「フォームは独特なんだけど、とにかくどんな馬でも勝たせる。そんな天才ジョッキーでしたよ。中央でいえば、福永洋一さんみたいなタイプ。同じ東海地区の騎手だったあの安藤勝己さんが“かなわない”と言っていたくらいなんだから、そのすごさが分かるでしょ」
父親が競馬好きで、小さいころから地元の名古屋競馬に通っていた加藤さんは、幼いながらも、その坂本敏美騎手の競馬に圧倒的なものを感じていたという。
安藤勝己元騎手の兄で、現在は谷厩舎で働く安藤光彰助手にも話を聞いた。
「勝己も伝説的な騎手だったけど、坂本さんはケタが違った。勝己が内にモタれて追えない馬を、あの人は手綱ぷらんぷらんでも、スイスイ普通に追ってきたからね。ゲートは下手だったけど、外を回して勝ってしまう。“なんで勝てるんだろう”って、誰もが不思議に思っていた。とてもマネできるようなものではなかったね」
仮に坂本敏美騎手が中央で乗っていたら、どんな存在になっていた?
「外を回して勝つタイプだったし、騎乗
スタイルは地方より、むしろ中央向きだった。あの時代に中央で乗れていれば、かなり活躍していたんじゃないかな」
まさに全盛期だった1985年7月19日の不運な落馬事故により、騎手を引退。その後は表舞台から姿を消し、今からちょうど10年前にあたる2008年2月10日に亡くなったという。
あのアンカツさんでもかなわなかった伝説のジョッキー…。実際にその天才的な騎乗を目にした古くからの競馬ファンは、存在すら知らないファンに、その偉大さを語り継いでいってほしい。
(栗東の坂路野郎・高岡功)
東京スポーツ