どの職場にもコミュニケーションにたけた人はいるものだ。さりげなく話題を振ったり、飲みに誘ったり、セクハラにならない程度のボディータッチをしたり…。そんな「コミュニケーション能力」は、馬を相手にするジョッキーにも求められている。
パドックから返し馬、ゲート入りまでの様子を双眼鏡でじっくり観察すると、それぞれが様々な方法で馬とコンタクトを取っているのが分かって実に面白い。例えば、
藤田菜七子や
四位洋文は実際に声に出して話しかけるタイプだ。
「理解しているかどうかは分かりませんが、耳の動きで何となく聞こえているのは分かります」と菜七子。その優しいささやきは馬に安心感を与えていることだろう。
一方で「人間同士の会話と一緒」という四位は競馬へ行くまでのプロセスを大切にしている。
「馬に対して“僕がリーダーだよ”って。教えるって言うとおこがましいかな。どんなメッセージを発信しているのかを聞いて、おびえていたら“怖くないよ”って言ってあげればいいんだよ」
そんな四位の姿勢を「プロフェッショナルだし、尊敬している」と慕うのは21年目のベテラン
酒井学だ。馬とのコミュニケーションについては人一倍のこだわりがある。
「とにかく僕はスキンシップをしますね。パドックでまたがって、まず首元を触って、次にお尻を触る。そうすると敏感な馬は嫌がってお尻をパーンって上げるので、その場合はいきなりステッキを使わず、見せムチをします。急に叩くと反発してステッキが逆効果になるんですよ。馬って僕らの心臓の鼓動を感じるほど敏感。だからこっちも繊細になって接しないといけないんです」
幼少期から馬に囲まれて育ち、馬をなで、わが子のように接する酒井は今、根源的なテーマにぶつかっているという。
「この年になり、もう一度“馬ってどういう生き物か?”と考えるようになりました。原点に立ち返って思ったのは、馬はすごく臆病な生き物ってこと。そこに向き合うとしたら、やっぱり怒るのではなく、ヨシヨシって優しくなだめる方がいいんです。馬がイライラしても、こっちが感情的になって怒ったら絶対にダメ。いいことはひとつもないし、何より怒ると自分自身の心も乱れ、平常心を保てなくなるんですよね」
子育て論にも通ずるほど的を射た言葉である。
そんな酒井は
ラジオNIKKEI賞でコンビを組む
ロードアクシスとも独自のコミュニケーションを取ってきた。
「すごく素直で繊細な子。少し行きたがる部分があるので、ポジションを決めつけずに道中で
リラックスさせていく。これから良くなっていく馬だなって感じます」
パドックからゲート入りまで、心を通わせる人馬の触れ合い――。それを眺めるのも、競馬の楽しみ方のひとつではないか。
(童顔のオッサン野郎・江川佳孝)
東京スポーツ