「日本競馬の至宝」
ディープインパクトの最終世代(現3歳)は国内ではわずか6頭。その中に新馬→
シンザン記念と無傷で連勝中の
ライトクオンタムや、惜しくも2着に敗れた
きさらぎ賞で父をほうふつさせる驚異的な加速力を見せつけた
オープンファイアがいるのですから、やはり血の偉大さを感じずにはいられません。直仔がいなくなっても「
ディープインパクト」の名は系譜の中でずっと輝き続けるんだろうなと思います。
さて、そんなディープラストクロップ6頭のうちの1頭であり、2021年のセレクトセールで1億2000万円で落札されたのが
ワッツダチャンセズの20=
チャンスドゥアスク(牝・梅田)。成長がゆっくりだったため、大事に大事に調教を積まれてきた彼女ですが、ここにきてようやくデビューに向けての光が見えてきました。
「
チャンスドゥアスクは気の細やかな女の子だから、田中さんに担当してもらう」
入厩前、梅田調教師がそうおっしゃっていた“田中さん”とは、田中一征厩務員のこと。競馬ファンには有名だと思いますが、かつて名門・伊藤雄二厩舎で
エアグルーヴや
ファインモーションといった女傑を担当されていた方です。
当初、あまり人に対して心を開いていない様子だった
チャンスドゥアスク。馬装をするだけでも大変だったのですが、田中厩務員は何をされても声を荒らげたりせず、彼女を優しくなだめながら毎日の仕事をこなしておられました。
「こういう馬を任せていただいて、プレッシャーはあるけど、期待に応えられるよう頑張りたいと思います」
チャンスドゥアスクの入厩当初、謙虚にそうおっしゃっていた田中厩務員。梅田調教師はそれを聞いて、あとでこっそり「田中さんはあれだけの名馬を担当してきたのに、それを鼻にかけたり、“俺の腕だ”みたいに言ったりしたことが今まで一度もない。いつも“いい馬を担当させてもらって感謝している”って。そういうところと、馬が大好きで優しいところが、俺が田中さんを信頼してる理由。競走馬はみんなオーナーからの大切な預かりものだからね」と教えてくださいました。
それから約半年。ゲート試験を受かった後に一度放牧へ出し、体の成長を促した後、また1か月ほどの時間をかけてじっくり乗り込まれてきた彼女が、8日の坂路で4ハロン53.2-12.7秒の時計を出しました。目立つほどではないのかもしれませんが、なかなか体がハマってこず、以前はEコース(ダート)でしか乗れなかったことを考えれば目覚ましい成長。普段の調教に乗っている西原玲奈助手も「やっと芯が入ってきました」と笑顔を見せていました。田中厩務員にも普段からの変化をうかがうと…。
「こういうタイプの女の子は基本的に人間に“懐く”ことはないと思うんです。それでも、できるだけ信頼してもらえるよう、彼女の気持ちをしんどくさせないように気を付けてきました。今は“よくしゃべりかけてくる食堂のおっちゃん”くらいのポジションにはなれたのかな」
人懐っこい子ですら、調教が厳しくなっていくにつれてピリピリした面を見せやすくなります。当初から繊細な一面を随所にのぞかせていた
チャンスドゥアスクが田中厩務員に任された理由が分かった気がしました。
ちなみに彼女の着ている馬着は田中厩務員が大事に継ぎはぎをしながら使ってこられたものだそうで「30年モノですね。過去に
ワコーチカコや
エアグルーヴも着ていたものです」。
偉大な先輩の“お下がり”を身にまとうと、よりオーラが増してくるような…。体が柔らかく、
ピョンピョンと跳ぶように走るので、芝の中距離あたりでデビューさせる予定とのこと。田中厩務員がパドックで引く姿を楽しみにお待ちいただければと思います。
(赤城真理子)
東京スポーツ