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元日本繋養種牡馬クリエイター29歳で安楽死

  • 2015年03月02日(月) 08時37分
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フランスG1勝ち馬で、引退馬施設のオールドフレンズで余生を送っていたクリエイターが、疝痛からの合併症により、2月28日に馬専門病院で安楽死の処置がとられた。

29歳のミルリーフ産駒であるクリエイターは、日本での種牡馬生活から引退してアメリカに帰国した、2004年からオールドフレンズで繋養されていた。

クリエイターはシェイク・モハメドの自家生産馬で、通算成績16戦7勝、獲得賞金は55万537ドル。アンドレ・ファーブル調教師のもとで1990年のガネー賞とイスパーン賞でG1を2勝した。

アメリカ遠征初戦のバドワイザーインターナショナルハンデキャップの3着が現役最後のレースで、故障により引退した。

クリエイターはオールドフレンズで僚馬であったサンシャインフォーエヴァーとともに、種牡馬引退後に海外からアメリカの引退馬施設に送られた最初の種牡馬となった。

その最期のとき、クリエイターはオールドフレンズ創設者で社長のマイケル・ブローウェンとその妻ダイアン・ホワイト、そして牧場で彼の日々のケアに携わった人々に囲まれ、見届けられた。


■マイケル・ブローウェン
 クリエイターはオールドフレンズ創設のきっかけとなった1頭であるだけでなく、とても存在感のあった馬でした。私たちは牧場でともに過ごした馬たちを失うたび、彼らとの思い出を切り取られる気持ちになりますが、クリエイターの死は彼と心のなかの大きなものを同時に失ったように感じます。


(Blood-Horse 3月1日)


【補足】
クリエイターは引退後の1991年から日本で種牡馬入りしました。これはサンデーサイレンスやオグリキャップなどと同期となります。種牡馬としては、重賞勝ち馬が神戸新聞杯勝ち馬タニノクリエイト、函館記念勝ち馬アロハドリームの2頭と、期待ほどの結果は残せませんでした。

種牡馬引退時はちょうどファーディナンド騒動の後で、それを期に設立されたばかりのオールドフレンズに送られ、余生を過ごすことになりました。11年間幸せに余生を過ごせたのはなによりです。
ネタ元のURL
http://www.bloodhorse.com/horse-racing/articles/90398/french-group-i-winner-creator-dies-at-29

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