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「奇跡の大逆転」が起きるパターン

  • 2009年08月29日(土) 00時02分
 夏の高校野球、日本文理は惜しかったですね。競馬の出張で毎年お世話になっている県の代表校ですし、今年は県大会の準決勝と甲子園の3回戦をナマで観戦したこともあって、陰ながら応援していたんですけど。「奇跡の大逆転」まであと一歩。最後の打球があと数十センチ右か左、あるいは上に飛んでいたら…。ウーン、今考えても、ホントに惜しかったですよ。

 でも、あの9回の猛攻はお見事。球史に残る大反撃でした。なにしろ、6点差、9回ツーアウト・ランナーなしから始まったわけで、1点差に迫っただけでも「奇跡」と言っていいでしょう。各バッターが、あれこれ余計なことを考えず、「このまま終わりたくない、とにかく塁に出よう、ヒットを打とう」と、集中力を研ぎ澄ませてピッチャーに向かっていった結果だと思います。

 だからといって、みんながそういう気持ちになれば、いつもあんなことが起きる、とは限りません。今回も、あと1点届かず、大逆転には至りませんでした。しかし、「奇跡の大逆転」が起きるパターンにはなっていたようです。

 実は私、バドミントンの世界ツアーや、日本の大学・社会人アメリカンフットボールなどの実況も担当しています。野球を含め、これらの試合で何回も「奇跡的大逆転」を目撃してきました。そんなことが起きるときのパターンはだいたい似通っています。

 どういうパターンかと言えば、(1)負けている側が、そこまでにつけられていた差を忘れて、勝とうとするのではなく、1つのことに集中しようとする。

 (2)勝っているほうは、大逆転が起きるかもしれないなんていう思いは頭の片隅にもなかったのに、少しずつ平常心を失い、いつの間にか「これで負けたらどうしよう」という気持ちに追い込まれる。

 (3)負けている側に、怖いもの(悪い結果になることの恐れ)がなくなり、まわりの雰囲気(応援など)が大逆転を期待して負けている側を後押しする。

 (4)勝っているほうは、そういう雰囲気のプレッシャーもあって勝っている気がしなくなり、ますます焦りまくる。簡単に言えばこんなところでしょうか。

 ふつうはそういう状態にどこかで歯止めがかかり、「反撃もここまで」となるのですが、ごくごくまれに長続きしたときに、「奇跡の大逆転」が起こります。なのでそれは、一瞬ではなく、ある程度の“積み重ね”があっての出来事になるわけです。

 競馬の世界で、「奇跡の大逆転」という言葉はなかなか使われません。道中、後続に大差をつけて逃げている馬が最後に失速して負けてしまうことや、ポツンと最後方にいた馬が猛然と追い込んで勝ってしまうことは、しばしば見られます。

 ときどき、「こんなところからよく届いた」と言われるような追い込みが決まることもありますが、それでも、上がりタイムは常識の範囲内。逃げ馬が残りそうな展開なのに、それを上がり600m30秒台の脚で差し切ってしまう馬なんていないですからね。

 競馬に「奇跡の大逆転」はなかなかないものの、馬券でそれを期待している人は多いはずです。一日中馬券がサッパリ当たらず、なけなしの金を最終レースに注ぎ込んで、“一発逆転のホームラン”を狙う。競馬ファンなら一度はやったことがあるのでは?

 で、これもごくごくまれに、「奇跡の大逆転」が起きることがあります(私にもありました)。でも、そうたびたびは起こりません(最近の私はトンとご無沙汰です!)。なぜ起きないのか。それは「奇跡」だから、なのですが、先に書いた「奇跡の大逆転」パターンを思い返せば、メッタに起きないのが当たり前というのがわかります。

 まず、競馬の最終レースで大逆転を起こすには、“点差”をいっぺんに跳ね返す“走者一掃の長打”を狙わなくてはなりません。これは、パターン(1)(出塁や“つなぎ”に集中する)とはまるで心構えが違います。

 また、馬券を当てるという勝負は自分ひとりの孤独な戦いです。つまり、パターン(2)のようにはならないんです。こちらが大逆転を狙っていても、相手=レースが平常心を失い、「こいつに馬券を当てられたらどうしよう」なんて思うことはないわけです。

 さらに、パターン(3)も、馬券の勝負には当てはめられません。「この買い目で行ける」と思っても、まわりの雰囲気がそれを後押ししてくれることはないでしょう。

 何人かのグループで競馬場に行って、みんなの負けをひとりで取り返さなければならなくなったときに、まわりから応援されることはあるでしょう。でも、それがパターン(4)のように、相手=レースにプレッシャーをかけることもないんです。

 馬券の「奇跡の大逆転」は、とにかく自分ひとりで、一発長打をブチかまして起こすしかないわけですから、なかなか起きにくいことだと思います。

 それより、中央・地方をひっくるめれば毎日競馬があるわけで、たとえ最終レースの前に負けが込んでいても、「奇跡の大逆転」を狙わず、次の日にコツコツ取り返して“失地挽回”を図ればいいのではないでしょうか。これも先に書きましたが、「奇跡の大逆転」は一瞬のことではなく、ある程度の“積み重ね”がないと起きないものだと思いますから。

 とはいえ、競馬で“逆転満塁ホームラン”をカッ飛ばした時の興奮は忘れられない快感になりますよね。土壇場に強い競馬ファンがいるのも確かです。あなたは、早めのレースをしっかり当てて先行逃げ切りを狙うタイプですか?それとも、後半で追い上げ逆転勝ちするのが得意のタイプですか?

 私は、どっちつかず。以前は最終レースを当てるのがわりと得意だった(初めてゲットした万馬券も最終レースでした)んですが、「明日があるさ」と思うようになって、なかなか“逆転打”を打てなくなってしまいました。それを考えると、先行タイプになっちゃったのかな、と思います。

 いずれにせよ、競馬でメッタに起こらない「奇跡の大逆転」ばっかり狙っていると、ろくなことはなさそうです。どうぞお気をつけください。では、また来週!

地方、ばんえい、さらには海外にも精通する矢野吉彦のJRA・GI予想は「矢野吉彦の競馬日記」へ

テレビ東京「ウイニング競馬」の実況を担当するフリーアナウンサー。中央だけでなく、地方、ばんえい、さらに海外にも精通する競馬通。著書には「矢野吉彦の世界競馬案内」など。

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