日本で最後のアラブ系馬限定競走が、先月27日、広島・福山競馬場で行われました。題して「開設60周年記念アラブ特別レジェンド賞」。特別とはいいながら、れっきとした重賞競走で、07年の全国交流重賞「タマツバキ記念アラブ大賞典」や今年5月の重賞「福山さつき賞」を制したフジノコウザン(牡6歳)、08年の「福山アラブ大賞典」で優勝したホワイトモンスター(同)、春の「福山さつき賞」は3着だったものの、前々走でホワイトモンスター、前走で重賞5勝のバクシンオー(同)らを破って2連勝中のザラストアラビアン(牡4歳)など、7頭が出走して、最後のタイトルを争いました。
勝ったのはザラストアラビアン。文字どおり、日本で生産されたアラブ系馬最終世代の1頭で、ラストチャンスをモノにして重賞初制覇を果たしました。
長い間、日本競馬の屋台骨を支えてきたアラブ競馬も、JRAがこれを廃止してからは退潮の一途をたどり、アラブ系馬の生産頭数は激減。2007年には、ついにその数が0となってしまいました。当然ながら、かつてはアラブ競馬専門だった兵庫や福山もサラブレッド競馬を導入。それでも、福山ではアラブ系馬限定競走を続けてきました。しかし、とうとう在厩馬が40頭未満となり、単独での番組編成を取りやめることになったんです。
「昔はよかった」的な話をするつもりはないのですが、競馬はアラブがいたからおもしろかった、と思います。サラブレッドは選び抜かれてきたエリートたちばかり。それに対して、アラブには叩き上げの雑草軍団というイメージがありました。その雑草軍団の中から、ときどき“凄いヤツ”が現れる。そういうドラマに心動かされてきたからです。
そのキッカケは、まだ私が競馬を見始めた頃に、父が教えてくれたセイユウの話。「アラブ同士なら大出遅れしても勝っちゃう。サラと一緒に走ったって強かったんだぞ」と言っていたのを今でも覚えています。父にとっても、強く印象に残っている馬だったようです。
この話を聞いたときは、サラブレッドとアラブの違いさえもよくわかりませんでしたが、後になって、その凄さが理解できるようになりました。セイユウは、昭和30年代前半に中央競馬で大活躍、父の話どおり、セントライト記念や七夕賞でサラブレッドを破って優勝したほどの怪物だったんです。
サラブレッドの中から強い馬が出てくるのは当たり前。でも、アラブからサラにも引けを取らない馬が現れるのはメッタにないこと。自分もそんな馬を見てみたいなぁ、と思ったものです。
父からセイユウの話を聞いた頃、イナリトウザイという馬が中央や大井で活躍していました。これは、私が出会った最初の強いアラブ、と言っていいでしょう。どのレースをどういうふうに勝ったかについては、ほとんど記憶がありませんが、とにかくよく名前を耳にした馬で、サラ相手に勝ったレースがあったことだけは覚えています。
あとは、福山出身のローゼンホーマや南関東で断然の強さを誇ったトチノミネフジなどが、いわゆる思い出の名馬。実力的には地方所属馬にかないませんでしたが、中央がアラブ競馬を廃止する直前に走っていたアキヒロホマレという馬も、印象に残っている1頭です。
先日、ばんえい競馬の場立ち予想会で福山に行ったとき、福山の場内実況を務めている中島(ナカシマ)啓さん、専門紙福山エースの山本義典さんと一緒に食事をしながら、競馬談義に花を咲かせました。もちろん、アラブ最後のレースの話にもなったわけですが、山本さんによれば、アラブのほうがサラブレッドより鍛えやすいし、扱うのもラクだったそうです。
山本さんいわく、サラブレッドは、長年にわたってその血を研ぎ澄ませてきただけに、近親交配に近い状態になり、気性が勝りすぎている、とのこと。言い換えれば、ちょっとのことでキレやすい性格で、調教するにもレースに使うにも、かなり気を遣わなければならないんです。さらに、脚元もデリケート。いわゆる“ガラスの脚”の持ち主なので、スピードが出れば出るほど壊れやすいという危うさも持ち合わせています。
一方、アラブのほうは、けっこうハードな調教を課して、続けざまにレースを使っても、へこたれることなく頑張ってくれるそうです。サラブレッドほどのスピードは出なくても、サラブレッドと競走する必要はないわけで、アラブ同士のレースで“勝ったり負けたり”があれば十分。むしろ、タフな実力馬たちが切磋琢磨して、何度も何度も名勝負を繰り返すアラブ競馬のほうが、サラブレッドの競馬より長く楽しめたようです。
「福山の馬場は、そういうアラブ系馬のために作られたコースなので、アラブ競馬がなくなってしまったのはなんとも残念」。山本さんはそう話してくれました。
いかがですか? なるほどなぁ、という話でしょう? こういう話を聞くと、過去のアラブの名馬があらためていとおしく感じられてきますし、いまだに走り続けているアラブの現役競走馬には、熱い声援を送りたくもなります。
ちなみに、福山のアラブ系馬は、高知や荒尾などと同様、今後はサラブレッドに交じってレースに出走します。中島さんと山本さんの話では、アラブ系馬に比較的有利な格付けが行われるそうです。ということは、しばらくの間、福山のレースにアラブ系馬が出てきたら、その馬を狙って馬券を買うのもおもしろいかもしれません。
近い将来、確実に消えてなくなってしまう日本のアラブ系馬。どうかみなさん、ザラストアラビアンを含め、その最後の奮闘を暖かく見守ってあげてください。では、また来週!
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