先週の当コラムでは、秋華賞の“秋華”という言葉についてあれこれ書かせてもらいました。今週も競馬用語についてのよもやま話。今回取り上げるのは“ゼッケン”です。
“ゼッケン”を広辞苑で引くと、「zecchin、スポーツ選手や競走馬がつける、番号を書いた布、また、その番号」とあります。ところが、この「zecchin」という言葉、インターネットで検索しても結果が出てきません。
一方、コンサイス・カタカナ語辞典によると、「[ド Decke(覆うもの)]スポーツの選手や競走馬がつける番号」となっています。[ド]はドイツ語から来ているという意味。ドイツ語についてはほとんど無知な私ですが、早速、インターネットの独和辞典で調べてみると、確かに「decke 」(デッケ)という単語がありました。“ゼッケン”は、どうやらドイツ語から来た外来語のようです。
でも、「decke」が語源なら、“ゼッケン”ではなく“ゼッケ”でよかったはず。なんで“ゼッケン”になっちゃったんでしょう?
そこで、インターネットで「ゼッケン、語源」と入力して検索しました。すると、“ゼッケン”は「ドイツ語のdecken=馬の鞍の下に敷く番号が書かれた布、から来た」という説明にたどり着きます。なるほど、ですね。
ところが、独和辞典で「decken」を引くと、これが動詞ということがわかります。つまり「○○の布」のような名詞ではない、ということです。「decken」の意味にも、先のような「布」についての記述はありませんでした。なので、“ゼッケン”が「decke」から来たのならまだしも、「decken」から来たというのは、私としては釈然としません。本当に「decken」には、先の説明のように、「馬の鞍下に敷く番号付きの布」という意味があるんでしょうか? どなたか教えていただけませんか?
ちなみに、インターネットの独英辞典で引いたところ、「decken」にあたる英語として「cover」が挙げられていました。英語の場合、「cover」は「覆う」という動詞だけでなく「覆い」という名詞としても使われています。それと同じように、昔の日本人がドイツ語の「decken」という動詞を名詞としてとらえた、と考えることはできそうです。
なんて、あれこれ疑問に思いながら調べていたら、大学の研究論文らしきものを公開しているサイトに、“ゼッケン”の語源について書かれている小論文を見つけました。それには“ゼッケン”は「decke」から来たという説以外に、イタリア語の「zecckino」やドイツ語の「zeichen」が元になっているという説が列挙されていたんです。
まず「zecckino」説。たぶんツェッキーノと読むのでしょう。これは、(zecckinoという)金貨の模様を馬の腹の布に書いて所有者を明らかにした、ところから来ている、とのことです。一方、「zeichen」説。こちらを独和辞典で引いたところ、ツァイヒェンと読む「目印」という意味の単語でした。
私は言語学の専門家ではないのでわかりませんが、おそらく「zecckino」も「zeichen」も、その綴りや発音、意味からして、同じルーツを持つ言葉だと思われます。私の想像では、まず初めにイタリアに「zecckino」という金貨ありき、です。その模様を馬の鞍下に敷く布に書いて所有者を識別できるようにしました。つまり「zecckino」が「目印」だったわけです。それがドイツでも「zeichen」に変化して、「目印」の意味で使われるようになった、というのはいかがでしょう?
だとすれば、“ゼッケン”の語源としては、こちらも有力なのではないか、と思うのです。広辞苑に出ている「zecchin」という出所不明の単語も、こちらから来ているような気がします。
ともあれ、いろいろ調べてはみたものの、それぞれの由来説の真偽については、今ひとつハッキリしませんでした。ひょっとしたら、ドイツ人が馬の鞍下に敷いていたのは、「目印」=「zeichen」で、それを馬の背に「かぶせる」=「decken」ことをしていたので、両方が渾然一体となって、日本語の“ゼッケン”になったのかもしれません。
「decken」由来説にはまだまだ疑問が残ります。日本の近代競馬はイギリスを模して始まったはずなのに、なんで“ゼッケン”はドイツ語由来なんでしょうか?
ことによると、日本で“ゼッケン”という言葉を使い始めたのは競馬界より他のスポーツのほうが早かったのかも。“ゼッケン”にあたる英語は「saddle cloth」と思われます。日本語にすれば「鞍敷き」。日本に近代競馬が入ってきたときは、この英語と訳語だけでも間に合ったと思われます。
そこで再び、先に取り上げた大学の研究小論文の登場。その小論文のタイトルは「ゼッケンの語源について〜レルヒ来日前後を中心として〜」なんです。それによると、明治時代のスキー指導の際に“ゼッケン”という言葉が使われていた記録があるそうです。レルヒとは、日本に初めてスキーを伝えたオーストリアのレルヒ少佐のこと。そこからドイツ語由来の“ゼッケン”という言葉が日本で定着し、競馬界でもこれを採り入れた、という流れが考えられます。これも、私の勝手な想像ですから、素直に信用しないでくださいね。
いずれにしても、“ゼッケン”は馬の識別をするために欠かせない馬具のひとつ。他の競技では、世界共通の言葉ではないとして、最近は使われなくなりました。陸上競技では「ナンバーカード」、他では「ビブ」(よだれ掛け)と言うのがフツウです。もしドイツ語由来説が正しければ、“ゼッケン”は、れっきとした競馬用語ということにもなるわけです。
今回の“ゼッケン”についての一考察はこのくらいにしておきましょう。もっと正確なことがわかったら、改めてお知らせするつもりです。
さてさて、今週は混戦模様の菊花賞。いつものように「矢野吉彦の競馬日記」で、ハズレてもともとの予想を公開しています。「ばんえい競馬情報局」ではクインカップの予想も見られます。どちらもどうぞよろしく。では、また来週!
▽参照(ばんえい競馬情報局)
http://blog.oddspark.com/baneiinfo/
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