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ゼニヤッタ16連勝達成

  • 2010年04月13日(火) 23時59分
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 先週末、世界の競馬ファンは歓喜の瞬間に2度、出会うことが出来た。まずは9日(金曜日)、アメリカ大陸の中部で、スーパーヒロインの超絶パフォーマンスに感動し、続いて10日(土曜日)にはイギリスで、名騎手トニー・マッコイが自身15度目の挑戦で遂に、世界最大の障害戦グランドナショナルを制する場面に立ち会えたのだ。

 今回のこのコラムでは、アメリカで達成された歴史的快挙について、記したい。当初は、昨年秋に史上初めてとなる牝馬によるBCクラシック制覇を成し遂げたゼニヤッタ(牝6)と、全米年度代表馬の座に輝いたレイチェルアレクサンドラ(牝4)との、初の直接対決の舞台となることが予定されていた、4月9日のG1アップルブロッサムH(ダート9f、アーカンソー州オークローンパーク競馬場)。ところが、今季初戦となった3月13日のLRニューオリンズ・レディーズSで、弱敵相手に2着という思わぬ不覚をとったレイチェルアレクサンドラが、本来の出来にはないとの理由回避を表明。ファン待望の名牝同士の直接対決は、またも幻に終わってしまった。

 だがそれでも、今年のアップルブロッサムが大きな注目を浴びたのは、いくつかの困難があることを承知の上で、ゼニヤッタが約束通り出走してくれたからだ。ご承知のように、昨年11月のBCクラシックを制した段階で、デビュー以来の連勝記録が“14”まで伸びていたゼニヤッタ。こちらは今季初戦となった3月13日のG1サンタマルガリータH(オールウェザー9f、サンタアニタ競馬場)を、いつものように後方からひと捲くりという大向こうを唸らせるレース振りで快勝していた。すなわち、あと1つ連勝を伸ばせば、94年から96年にかけてシガーが作った、近代競馬におけるトップホースの連勝記録“16”に、肩を並べるところまで来たのである。

 地元カリフォルニアで、得意のオールウェザーを舞台としたレースを選べば記録達成は確実なのに、ゼニヤッタ陣営はレイチェル不在となっても、アップルブロッサムH出走プランを変更しなかった。陣営には、色々と準備をしてくれたオークローンパークへの感謝の気持ちもあったろうし、名牝対決を楽しみにしていたアーカンソー州の競馬ファンに、せめてゼニヤッタだけでも走るところを見せてあげたいという心根もあったろう。

 アップルブロッサムHは、ゼニヤッタが2年前に制しているレースである。彼女にとって、記念すべきG1初制覇が、08年4月5日に行なわれたこの1戦だったのだ。だが、ゼニヤッタがダートのレースを走ったのは、過去15戦のうち、この1戦のみ。そして、地元のカリフォルニアを出て競馬をしたのも、ただ1度だけなのであった。すなわち、ダートを走るのも、遠征先で競馬をするのも、ゼニヤッタにとっては2年振りのことだったのである。

 久々に味わう路面の違いに戸惑わないか。後方から競馬を進める彼女が、オールウェザーに比べれば激しい砂の蹴り返しを浴びて怯まないか。久し振りの遠征競馬に、体調は大丈夫か。数え上げれば複数の不安が、ゼニヤッタを取り巻いていたのであった。

 レース3日前の6日(火曜日)に、2時間45分のフライトを経て、アーカンソー州のリトルロック空港に降り立ったゼニヤッタ。空港には、地元の放送局4局が全てカメラクルーを出し、400名のファンが出迎えたというから、その人気ぶりが窺える。更に空港からオークローンパークまで、ゼニヤッタの乗った馬運車を地元警察の白バイが先導するという、まさにVIP待遇を受けての現地入りとなった。

 レイチェルの回避で、相手関係は楽になった。2番人気に推されたのは、ウェイン・ルーカス厩舎のビーフェア(牝4)。昨年春、G1アッシュランドS4着、G1ケンタッキーオークス4着といった成績を挙げた後、サラトガのG3レイクジョージSを制した馬だ。続く3番人気は、ジャストジェンダ(牝4)。3歳時には、オークローンパークのG3ハニービーS、モンマスパークのG3モンマスオークスと、重賞2勝。前走休み明けだったオークローンパークのG3アゼリSで4着という悪くない競馬をし、ここへ臨んできた馬である。

 4番人気が、昨年2月にフェアグラウンズのG3シルヴァービュレットデイSを制しているウォーエコー(牝4)。ベルモントパークのG1フリゼットS4着の実績もある馬だった。

 それなりの顔触れではあるが、ゼニヤッタが普通に走れば負ける相手ではなく、彼女の単勝オッズは1.05倍になった。ゼニヤッタの単勝売上げには、応援馬券の意味で投じられた金額も、相当含まれていただろう。

 パドックに彼女が登場するだけで沸き、本馬場に出ると大歓声が起こったこの日のオークローンパーク。集まった44973人の観衆は、すべからくゼニヤッタを見に来たと言っても過言ではなかった。

 結果は、いつものようにゆっくりとゲートを出たゼニヤッタが、いつものようにレース前半は馬群最後方に控え、いつものように3コーナー過ぎからひとまくり。いつもと違っていたのは、先頭でゴールへ飛び込んだ彼女の体が、泥にまみれていたことであった。オールウェザーに比べて、ダートのキックバックは格段に激しいことに、ファンが改めて気付かされた瞬間だった。

 だが、女王はひるまなかった。16連勝を達成した、この日のゼニヤッタのレース振りについて、管理調教師ジョン・シュレフスは、「ダートでも彼女の走りは全く変わらなかった」とコメント。主戦騎手のマイク・スミスにいたっては、「昨年よりもまた一段と強くなっている」と、手綱を通じての感触を語った。今年の最終目標を、チャーチルダウンズで行なわれるブリーダーズCに置くゼニヤッタ。ダートに問題がないことが改めて証明された今、そこまでどんな臨戦態勢で行くか、選択肢は限りなく広まったと言えよう。

 引退までに彼女があと何戦するかわからないが、機会がある方はぜひ、ゼニヤッタが走る日の競馬場にお出かけになることをお薦めしたい。競馬ファンとして、至福の時間を楽しめるはずである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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