こんな言葉がある。疾風に勁草を知ると。勁草とは強い草のこと、つまり激しい風が吹くと、弱い草は地べたにはいつくばってしまうが、強い草はそうではない。すっくといつまでも立っている。だから、強い草の真価は、嵐のときこそ発揮されるのだと言っているのだ。
この教えは、後漢書という中国の歴史本の中に書かれていて、様々な場で引用されてきた。なんとかして勁草にならねば、そのためにはどうすればいいのかと、人類はずっとそのことを考えてきたのだ。
その凝縮されたものが、競馬の中にはあるとは思えないだろうか。レースの中で勁草を見つけるのが競馬であり、そのレースは激しい風と考えることができる。或いは、わが馬を勁草に仕立てるのが競馬なのだとも。
幾たびか、競馬でこのような話を聞いてきた。逆境に立ち向かう人生ストーリーを見ているようでもあり、エリートの階段を着実に上がっていく物語でもあった。そして、そこからなにがしかの力を得てきたようでもある。
世の中はいつも平穏とは限らない。今、経済環境はきわめて厳しい。こういうときこそ生き抜く真価が問われている。まさに正念場と言っていい。
こういう世相の中、安田記念をショウワモダンが、39戦目で悲願達成した意味は大きい。丈夫で長持ち、このじっと我慢し耐えたことでつかんだ栄冠、勁草となる道すじを示していた。また、宝塚記念のナカヤマフェスタの優勝にも、耐えた力を感じた。精神面のコントロールを考え、早めに栗東に入り、これぞ最善の方法と工夫をこらしたこと。鞍上が26年目のベテラン、二ノ宮調教師が12年ぶりのJRAGI・3勝目と、勁草となるための努力がどんなものであるかに思いが及ぶ。
疾風に勁草を知るを競馬にあてはめると、今の世相にぴったりくるストーリーを見ることができるのが興味深い。