ドバイに渡る前のアメリカで、映画「セクレタリアト」を観る機会があった。
御存知のように、1973年に北米3冠馬で、史上最強馬の呼び声もかかる、あのセクレタリアトの生涯を映画化したものだ。生涯、と言っても、クライマックスは3冠を達成したベルモントSで、その後の競走歴や種牡馬生活などは描かれていないから、半生と言った方が的確かもしれない。
まだ御覧になっていない方も多いと思うで、詳しい内容には触れないが、ベルモントSの直線でセクレタリアトが独走し、これを見た馬主のペニー・シナリーが高々と両手を掲げた有名なシーンが再現され、ここにBGとしてゴスペルのスタンダード「Oh Happy Day」かぶさった場面では、恥ずかしながら51歳のおじさんは涙腺が緩んでしまった。
作品の出来はともかくとして、競馬っていいなと観客に思わせることが出来る結末になっており、こういう映画が製作され上映されていることを、心から喜びたいと思う。そして日本にも、実在した名馬をモチーフにした映画が製作されるような、土壌があったら良いなと思わざるを得ない。
もっとも、競馬を少しでもかじった者にとっては「セクレタリアト」は突っ込みどころ満載の映画である。
誕生の時から半生を描いているため、当然のことながら、セクレタリアト役には複数の馬が用意されていたが、場面ごとによって、セクレタリアトの顔の白が全く違うのだ。日本なら、白の似た馬を用意したと思うのだが、このあたり、ハリウッドは実に大雑把である。
競馬のシーンは「シービスケット」同様に、ケンタッキー州のキーンランド競馬場で撮影されていたが、キーンランドをベルモントパークに見立てるのは、馬場の大きさが全く違うので、相当に無理があった。
最も傑作だったのが、競走馬となってからのセクレタリアト役を務めた馬が、全くセクレタリアトには見えなかったこと。ビッグレッドの愛称があったように、セクレタリアトは非常に大柄だったことで知られているが、セクレタリアト役の馬は、どう見ても450キロ以下の小柄な体格だった。
しかもこの馬が走ると、頭の高い走法で、ちっとも速く見えないのだ。
それでもレースの場面になると、直線では次々とライバルたちを抜き去るのだが、抜かれる方の馬の乗り役さんが明らかに手綱を引っ張っている場面が映っていたりするのである。撮影の苦労がしのばれるのだが、正直に言えば見ていて笑ってしまった。
まあ、それでも、クライマックスは感動が出来るものだったし、ペニー・シネリー役のダイアン・レ-ンは好演している。また、明らかにゼニヤッタに触発されたと思しき演出が施されている場面もあり、競馬ファンなら一度は観てみたい映画である。
馬や競馬を題材にした映画は多数あるが、私の一押しは何と言っても「メリー・ポピンズ=原題 Mary Poppins」である。ご説明するまでもないが、ジュリー・アンドリュースとディック・ヴァン・ダイクが主役を務めた、ウォルト・ディスニーの手によるファンタジーである。
競馬の場面が出てくるのは、バンクス家のナニーとして雇われた、ジュリー・アンドリュース演じるメリー・ポピンズが、バンクス家のふたりの子供マイケルとジェーンとともに公園へ出かけ、メリーの友人で大道芸人のディック・ヴァン・ダイク演じるバートが地面に描いた絵の中に飛び込み、大冒険をするシーンだ。回転木馬に乗っていた一方が、木馬に跨ったままキツネ狩りに出かけ、なんとそのまま競馬場に紛れ込んで、レースに参加するのである。メリー・ポピンズが乗った馬が優勝し、表彰式でみんなが歌い踊るという、理屈抜きで楽しめる場面だ。
家族向けのディズニー映画に競馬が登場し、しかも子供たちも競馬に参加するという、馬文化という視点から見ても極上の作品が、「メリー・ポピンズ」なのである。
馬や競馬が出て来る映画を集めた、旋丸巴さんの名著「馬映画100選」には、残念ながら「メリー・ポピンズ」は掲載されていない。競馬の場面にはアニメがふんだんに使われていることが、選の基準になった『実写版に限る』とした規約に引っ掛かったようである。
旋丸巴さんは果たして「セクレタリアト」にどんな評価を下し、100選の何番目ぐらいに入れるだろうか?