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じゃじゃ馬ホースショーin笠松

  • 2011年03月30日(水) 00時00分
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 3月27日(日)、岐阜県笠松競馬場にて「第一回じゃじゃ馬ホースショーin笠松」という名称のポニーレースが開催された。

(写真・レース風景)

 主催はJPRA、笠松ポニーレース実行委員会で、その中心になっているのはARC空港乗馬倶楽部(愛知県)の糸数直孝氏である。

 この乗馬クラブは、昨年秋、東京競馬場で行われた「第2回ジョッキーベイビーズ」に2人の代表を送り出し、一躍脚光を浴びた。そこで子供たちの技術指導を担当しているのが糸数氏だ。従来、全国各地にてそれぞれ独自のローカルルールで開催されていた草競馬に、統一ルールを確立してポニーレースの普及と発展に寄与しようというのがこのJPRAの設立趣旨らしい。

 この日、笠松競馬場は晴天微風。屋外イベントには絶好の好天に恵まれた。当初、告知が十分ではなかったことから来場者数がどの程度になるのかまったく予想できなかったようだが、蓋を開いてみれば、家族連れを中心に3500人もの人々がここを訪れた。

(写真・入場門での地元騎手たち)

 入場門では地元笠松競馬所属の騎手たちが二列に並び、それぞれ募金箱を下げて来場者に募金を呼びかけた。その後、彼らは昼休みに子供たちを対象にした木馬での騎乗技術指導をしたり、サイン会に参加したりと、競馬場側の協力体制も万全であった。

 第1レースは午前10時半。午前中に6レースを行い、ここまでが予選である。この結果により、午後の決勝レースの組み合わせが決まる。

 予め、パンフレット(カラー印刷された立派なできばえだ)が用意されており、そこには予選6レースの出走馬と騎乗者の名前が一覧表で記載されている。来場者はそれを見ながら観戦する。

(写真・パンフレット)


(写真・パンフレット)

 出走馬は、地元岐阜、愛知の他、静岡、滋賀、石川の各県から計27頭。騎乗するのは小学生と中学生のみである。それぞれに保護者や家族、関係者が一緒に来場するため、これだけでかなりの人数に上った。

 第1レースは予定よりも少し遅れて10時半を回った。レースはABCに区分され、これは能力ではなく体高により分けられる。今回は、120~130センチがA、108~119センチがB、107センチ以下がCとされており、それぞれ2組ずつ。第1レースは出走7頭で、これはCクラスのポニーたちである。

 スタートはカウントダウン方式。予選はすべて距離400mだ。Cクラスに分類されていても、実は体格はかなり差がある。中には80センチというポニーもいて、さすがに107センチのポニーと一緒に走るのは辛い。まして騎乗者の体格差もあり、いきなり大差がついた。

 B、Aクラスとポニーが大きくなるにつれ、レースが白熱してくる。Aクラスは6頭しかおらず、それを2組に分けて第5、第6レースとして予選を実施したが、ジョッキーベイビーズ予選で何度か見た(テレビで、だが)ことのある騎乗者が巧みな技術を披露し、スピード感あふれるレースを展開した。

(写真・レース風景)


(写真・レース風景)

 昼休みには「鮪解体ショー」も実施された。競馬に鮪かよ?と思わぬでもなかったが、これは見ているとインパクト十分だ。競馬場スタンド裏はちょっとした広場になっており、露店が軒を並べる。その一角に設けられた特設舞台の上に鮪が横たわり、周囲は黒山の人だかりであった。

(写真・鮪解体ショー)

 もちろん、鮪は来場者に振舞われるわけで、こうした「人集め」のノウハウは他のイベントにも参考になりそうだ。切り落とされた頭部などは希望者全員が参加し、じゃんけんで当選者を決定する。みんな真剣そのものの表情であった。

 昼休みには馬場内に木馬が運ばれてきて、そこでレースに出場した子供たちが騎乗フォームを地元笠松の騎手たちから指導される催しもあった。名古屋からは紅一点の山本茜騎手も駆けつけた。

(写真・馬場内での技術指導)

 午後は予選の結果を参考にして、決勝4レースが組まれた。第7レースは「ポニーカップ・スプリント」(Cクラス)400m、8レースは「ポニーカップダート」(Bクラス)600m、9レースは「ポニーカップマラソン」(Aクラス)800m、最終10レースは「ポニーグランドチャンピオンシップ」600mである。最終レースは予選全レースから規定タイム上位6頭が出走した。

 第7レースは松若流星騎手のジャビットが優勝。8レースは地元笠松の東川慎騎手(お父さんは笠松競馬の現役騎手である)がサクラに乗り優勝し、9レースは深谷泰生騎手が小判天に乗って勝った。

(写真・7レース)


(写真・8レース)


(写真・9レース)


(写真・10レース)

 最終10レースを制したのは辻加武斗騎手騎乗のフラワーカンパニー。
辻君は金沢ちびうま団所属で、乗馬歴2年7ヶ月。名前が個性的なのでJB予選の時から記憶があった。全レース終了後の表彰式では、副賞としてオグリキャップ勝負服(武豊騎手のサイン入りである)も贈呈されていた。

(写真・勝負服プレゼント)

 この勝負服を始め、チャリティーオークションに提供された様々なお宝グッズは、栗東トレセン調教助手の土肥幸広氏の尽力により集められたものだ。土肥氏はサマニベッピンなどに騎乗していた元騎手で、ポニーレース普及に熱心な1人である。

(写真・土肥幸広氏)

 今回のポニーレースは、こうした様々な人々の絶大な支援と協力があったことを付記しておく。現地に足を運ぶまではJPRA(すなわちARC空港乗馬倶楽部?)なる団体だけでどれだけのことができるのだろうとやや懐疑的でもあったのだが、予想以上に多くの方々が裏方でサポートしていたことを知り、ちょっと驚いた。

 こういう行事が全国各地に広がり、ポニー競馬の底辺が広がって行くことはすなわち競馬そのものへの理解にも繋がるとともに、発展にも大きく寄与することとなろう。

(写真・糸数直孝氏)

 最後に糸数直孝氏は「大震災復興を祈念して開催に踏み切りましたが、多くの方々に来場して頂き、大成功だったと思います」とコメントしていた。JB予選で長野地区と関西地区二つの枠を獲得したARC空港乗馬倶楽部は、この日5頭をエントリーさせたが、予選で1頭が勝ったのみ。他の地区のレベルがそれだけ上がっているということなのかも知れない。

 ここ笠松は、関西と中部北陸のちょうど中間に位置しており、地の利もある。将来的には、JB予選をここで開催するのも悪くはあるまい。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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