世界一過酷な障害戦と言われるG3グランドナショナル(芝36F)が、4月14日(土曜日)に英国中西部のエイントリー競馬場で行われた。
グランドナショナルと言えば、テレビ中継を通じて世界中で最も多くの人々が観戦する競馬と言われるほど高い人気を誇り、競馬を国技とする英国では国民的行事となっているレースだが、その一方で、過酷過ぎるという理由で常に動物愛護団体の矢面に立ってきた競走でもある。
昨今は、競馬に対する世間の目がかつてよりも厳しくなり、例えば平地競馬でも騎手がレース中に使えるムチの数が著しく制限されるなど、競馬の世界も世相に応じた変革を余儀なくされている。
グランドナショナルが行なわれるエイントリーのコースも、障害の高さが低くなったり、形状を飛びやすくしたりなど、ここ10年ほどの間にさまざまな手が加えられ、かつてにくらべれば馬にやさしい設定へと変化してきている。
今年も40頭というフルゲートになったのは、コースの難易度が下がったことと無関係ではなく、3月にチェルトナムで行われたG1ゴールドC(26F110y)に続く2大障害戦連覇に挑んだシンクロナイズド(騸9、父サドラーズウェルズ)も、かつてのコースだったら出てきていなかったと言われている。
それでも、残念ながら今年のグランドナショナルも、競走中の事故で命を落とす馬が2頭出るという、悲劇の舞台となってしまった。しかも、2頭のうち1頭は、大きな話題を集めて出走したシンクロナイズドだっただけに、世間に与えた衝撃は大きく、今後再びグランドナショナルが動物愛護の見地に立った人々の攻撃対象となり、その存在意義を問われる局面を迎える心配がある。
11ストーン10ポンド(=約74.4キロ)というトップハンデを背負って出走したシンクロナイズド。かつて今まで、チェルトナムゴールドCとグランドナショナルを同一年に連覇した馬は、1934年にこれを成し遂げたゴールデンミラー1頭しかおらず、78年振りという快挙達成を目指しての参戦だった。
陣営では、馬場があまり酷くなるようなら回避する方針で、直前まで出否を明らかにしなかったが、幸いにして天候に恵まれ、主戦騎手である障害界のスーパースター、A.P.マッコイに手綱を取られての出走となった。
シンクロナイズドに最初の異変が起きたのは、スタート前のことだった。本馬場入場が終わり、スタート地点後方で輪乗りをしている時に、何が気に入らなかったのかは不明だが、馬が反抗。宥めようとするマッコイ騎手を振り落として、放馬してしまったのである。
シンクロナイズドは、スタート付近にいた係員にキャッチされたため、それほど長い距離を走ったわけではなく、獣医師による馬体検査でも異常は認められなかったため、再び輪乗りの列に戻ったが、馬の気持ちの中に「今日は走りたくない」と思う何かがあったのかもしれない。
レースは、ウェストエンドロッカー(騸10、父グランドプレイジール)がフライング気味に飛びだし、発走用のバリアテープの1部が破損したこともあって、10分近く遅れてスタート。中団より後ろで競馬を進めることになったシンクロナイズドに悲劇が起きたのは、1周目の第6障害だった。
ビーチャーズブルックと呼ばれる、コース最大の難所と言われるこの障害で、飛越に失敗して転倒。シンクロナイズドは空馬のまま第9障害まで走ったところを係員に捉えられたが、残念ながらトモ脚を骨折していることが判明し、予後不良と診断されて安楽死処分となった。
ビーチャーズブルックでは2周目にも、前を走っていた馬が落馬し、これを避け切れずに転倒したアコーディングトゥピート(騸11、父アコーディオン)が、やはりトモ脚に骨折を発症して、安楽死処分となっている。
レースは、最終障害を飛越して、前走ナースのG2パディーパワードットコムチェイス(芝16F)を含めて7連勝中だったシーバス(騸9、父タートルアイランド、9.0倍の1番人気)、前走チェルトナムのアマチュア騎手戦(芝25F110y)を制してここへ臨んだサニーヒルボーイ(騸9、父オールドヴィック、17倍の7番人気)、この路線のG1・3勝の実績を残るネプチューンコロンジ(騸11、父ドムアルコ、34倍の21番人気)の3頭の争いに。
ここから先に抜けたのがサニーヒルボーイだったが、残り150ヤードを切る辺りからネプチューンコロンジスが急襲し、最後の1完歩でサニーヒルボーイを鼻だけ交わして優勝。2頭から5馬身遅れの3着がシーバスだった。
芦毛馬の優勝は1961年のニコラウスシルヴァー以来51年振り3頭目で、グランドナショナルが鼻差の決着になったのは史上初めてだった。
パンチェスタウンのG1ギネスGC(芝25F)を、07年・08年と連覇するなど、路線のトップで活躍した実績のあるネプチューンコロンジだが、最近は6連敗中で、関係者はレース前からこれがネプチューンコロンジの現役最後のレースと明言していた。
ベテランが自ら引退の花道を飾るという大団円を迎えたグランドナショナルだが、今後世間は勝ち馬以上に、命を落とした2頭を話題にするはずで、英国競馬サークルがこれにいかに対応するかが注目されている。