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英2冠馬キャメロットに期待される2つの夢

  • 2012年06月13日(水) 12時00分
 世の中、なかなか思惑通りには行かないもので。

 1978年のアファームド以来34年振りの3冠を目指して、6月9日(土曜日)にニューヨーク州ベルモントパークで行われたG1ベルモントS(d12F)に出走予定だったアイルハヴアナザー(牡3、父フラワーアレイ)が、レース前日に出走を取り消し、のみならず、このまま現役を退くことが発表された。

 異変が起きたのは7日(木曜日)の午後で、アイルハヴアナザーの左前脚の裏側にわずかな腫れがあることが発覚。治療に努めたところ腫れは引いたため、翌8日(金曜日)も、アイルハヴアナザーは5時30分に馬場入りし、軽めのキャンターを踏んだ。

 ところが、厩舎に戻ってしばらくすると、アイルハヴアナザーの左前脚に再び腫れが。

 ただちに獣医師が呼ばれ、エコー検査が行なわれた結果、発見されたのは屈腱の炎症だった。傷んでいたのは屈腱の中心部にある大きな組織ではなく、末端組織だったが、そのうちの数本が損傷しているのが発覚。大きな負荷をかけると損傷が拡大する恐れがあるとの診断が下った段階で、ベルモントSの回避が決まった。

 更に、完治に1年以上要するような屈腱炎ではなく、3か月から6カ月で本格的な調教に戻れる程度の損傷だったものの、今季後半を棒に振ることに変わりはなく、また調教を再開しても従来の動きを取り戻せる保障はなかった。現役復帰を目指して、万に一つでも事故が起こるようなことがあってはならないと、陣営はアイルハヴアナザーをこのまま引退させることを決めたのである。

 アメリカの、特にニューヨーク州の競馬ファンにとっては、金環日食の直前に晴れていた空が突如曇って、太陽を隠してしまったようなものだった。その落胆振りは、同じ競馬ファンとして身につまされるものがある。

 だが、落胆が最も大きかったのは、言うまでもなく、馬主ポール・レダム氏と調教師ダグ・オニール師だった。

 ベルモントパークの、アイルハヴアナザーを含むベルモントS出走馬が入っていた厩舎の前で、グルームに引かれたアイルハヴアナザーともども記者会見に臨んだレダム氏とオニール師は、見ていて気の毒になるほど落ち込んでいた。

 ことに、アイルハヴアナザーの快進撃とともに、管理馬への過剰な薬物使用がマスコミの俎上にのぼり、讃えられるよりも叩かれることの方が多かったオニール師にとって、3冠達成は汚名を雪ぐ千載一遇の機会だっただけに、その凹み方は尋常ではなかった。

 世の中、なかなか思惑通りには運ばないものである。

 そこのところを重々承知しつつ、こうなるとファンの期待が集中するのが、イギリスのキャメロットだ。

 5月5日にニューマーケットで行われた2000ギニーと、6月2日にエプソムで行われたダービーを連勝した同馬。その双肩に圧し掛かっているファンの期待は様々だが、大別すると2つの夢をかなえることを、キャメロットは切望されている。

 1つは、言うまでもなく、9月15日にドンカスターで行われるセントレジャーに出走し、1970年のニジンスキー以来42年振りの3冠を達成することだ。

 英国における競馬ファンの3冠へのあこがれは、米国におけるファンよりも強いかもしれない。それは、待っている年数が8年長いという歳月の問題だけでなく、少なくとも2冠馬は相当数誕生し、その多くが3冠に挑んできた米国に対し、英国では2冠を達成する馬ですら稀なのだ。そして、89年の2冠馬ナシュワンも、09年の2冠馬シーザスターズも、秋の目標は凱旋門賞と早くから表明し、セントレジャーは回避している。すなわち、キャメロットがセントレジャーに出走すれば、3冠に挑む馬を見るのが42年振りとなるわけで、多くのファンにとっては「この機を逃せば2度と見られぬ」可能性が高い瞬間を、とにもかくにも「見てみたい」という思いが募るのも無理はないのである。

 将来の種牡馬としての価値を考えた時、キャメロットがセントレジャーを勝つことに、ほとんど意味はない。キャメロットの共同馬主の一人であるクールモア・スタッドのジョン・マグナー氏としては、おおいに頭を悩ますところであろう。

 ファンがキャメロットに期待するもう1つの夢とは、フランケルとの対決である。

 英国に渡ったブラックキャヴィアが、使うのはロイヤルアスコットのダイヤモンドジュビリーS(6月23日)とニューマーケットのジュライC(7月14日)の2戦のみで、ジュライCが終わったら帰国することになって、グッドウッドのサセックスS(8月1日)におけるフランケルとの直接対決が消滅。もとよりいささか無理筋だった、北半球と南半球の無敗馬対決が幻に終わったから、というわけでもないのだが、ここへ来て浮上しているのが、8月22日にヨークで行われるG1インターナショナルS(10F88y)における、無敗の3歳最強馬と無敗の最強古馬による頂上決戦の実現だ。

 早くから、10Fへの挑戦を今季のアジェンダの1つに掲げているのが、フランケルを管理するヘンリー・セシル師だ。当初は、7月7日にサンダウンで行われるG1エクリプスS(10F7y)が挑戦の舞台と言われていたが、その後、8月1日のサセックスSまではマイル路線を行くことになり、エクリプスSは登録こそ行なったものの回避濃厚となった。

 それではフランケルはどこで10Fを走るのか、となった時、現時点で最も可能性の高いレースとして浮上しているのが、インターナショナルSである。

 根拠は2つ。1つは、舞台となるヨークが、英国の競馬場としては珍しく起伏に乏しく、スタミナよりはスピードが優先するトラックであること。

 そしてもう1つは、インターナショナルSが、フランケルを所有するカリッド・アブドゥーラ殿下のジャドモントファームが、冠スポンサーについているレースであることだ。フランケルの出走は、自社が後援するイベントの盛り上がりにつながるのである。

 さて一方のキャメロットだが、次走は6月30日にカラで行われるG1愛ダービー(12F)の予定。その後のローテーションは未定だが、セントレジャーに向かうにしろ、凱旋門賞の前哨戦に向かうにしろ、7月と8月のカレンダーは白紙の状態なのだ。

 1972年にベンソン&ヘッジズGCの名称で創設されたインターナショナルSは、第一回の優勝馬がその年のダービー馬ロベルトであった。近年も、07年のオーソライズド、09年のシーザスターズといったダービー馬が優勝馬に名を連ねるインターナショナルSは、キャメロットの標的として然るべきレースなのである。

 そして何より、将来の種牡馬としての価値を考えると、フランケルに土をつけることが出来れば、計り知れないほど大きな効果をもたらすこと確実である。

 世の中、なかなか思惑通りには運ばぬものだ。だが、それでも、「8・22、フランケル vs キャメロット」を、夢想せざるを得ないのが競馬ファンであろう。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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