年々その役割が増している育成牧場。デビュー前の育成から、リフレッシュのための短期放牧や長期に渡る療養など、競走馬たちにとってはトレセンよりも長い時間を過ごしていると言っても過言ではありません。そんな育成牧場の実態を知るべく、美浦近郊にある松風馬事センターにて、後藤太所長にお話を伺いました!
松風馬事センター
全長850mの馬場
赤見 :今や松風馬事センターはかなりの規模になりましたね!
後藤 :「前身の水野馬事センターから移転して2年目になりますが、お陰様でだいぶ根付いて来ました。現在は118頭が入厩(取材時)してますが、後々は150頭を目安に馬房を増やしたいと思ってます」
赤見 :ここまでの成功のカギは、何だったと思いますか?
後藤 :「まだまだ成功という段階ではないですが、こういういい環境に移転したことは大きいですね。それに一番は、うちで預かった馬たちが頑張っていいレースをしてくれたお陰です」
赤見 :水野馬事センター時代に、キストゥヘヴンが桜花賞を勝ったことは大きかったんじゃないですか?
後藤 :「キストゥヘヴンはもちろん、戸田博文調教師と久保田貴士調教師の存在が大きいです。水野の時はかなり狭い馬場でしたが、そこで調教した馬たちでコンスタントに結果を出してくれて、新聞でも“水野馬事センター”と載ったりして、名前を売って下さったので。
僕自身、水野に入ったのは9年前なんですけど、戸田師と久保田師に出会って、30歳を越えて改めて乗馬の大切さを勉強させてもらいました」
06年桜花賞優勝・キストゥヘヴン
赤見 :松風の社長である諸岡慶さんも乗馬出身ですもんね。私、諸岡さんの乗馬クラブで育ててもらったんですよ。昔はかなり怖かったけど(笑)。
後藤 :「今も日本大学の馬術部の監督をしてますから、生徒たちをしごいてるのかな(笑)。乗馬は馬乗りの基本ですから、それがすべてではないけど競馬に繋がる大切な要素だと思ってます。うちは乗馬で使う道具を改良して、ロンジング(調馬策を使って輪線上で行う運動)でハミ受け矯正をしたり、後輪駆動になるような調教もしています。それでガラッと変わってくれる馬もいるんですよ」
赤見 :ここからレースに出走するわけではないし、それぞれの厩舎の仕上げ方が違うと思うんですが、その辺りの難しさは?
後藤 :「うちを支持してくれる先生は、諸岡の流れもあって、ある程度乗馬よりの先生が多いんです。なので、うちの作り方、ニュアンスを踏まえた上で競馬に向かって行くイメージが近いんですね。
もちろん、昔ながらの作り方をする先生もいらっしゃいますし、各厩舎のやり方に対応出来るよう日々勉強しています。一人一人考え方が違いますから、どういう作り方がその厩舎に合っているか見極めることが大切なんです。
それに、ある程度の間隔で競走馬たちが何度も来ますから、この前はこのくらいの感じで厩舎に戻したなっていうのが掴めているので、それによっても変えています。少し膨らませた方がいいのか、薄めに作った方がいいのか、目一杯負荷をかけた方がいいのか、馬によっても違いますから」
左・後藤太所長、右・田島俊明調教師
田島師と馬をチェックする後藤所長
赤見 :後藤さんの携帯が鳴りっぱなしですが(笑)、すべて調教師の方々ですか?
後藤 :「そうなんです。各先生方と密に連絡を取り合ってます。毎日のように馬を見にいらっしゃいますし、厩舎との連携はとても大切ですね」
赤見 :育成牧場をしていく上で、一番意識している部分は?
後藤 :「うちの役割は、メンテナンス屋さんだと思ってるんです。例えば、レースで崩れたハミ受け、バランスを再度整えてあげる。絶好調にしようとは思いません。普通の健康体の状態に戻して、競馬に向かう下地を作るという意識でやってます。そこが難しい部分でもありますけど」
赤見 :トレセンにいる時と、たとえ同じ負荷をかけたとしても、牧場にいる時の方が精神的には楽なのかなと思うんですけど。
後藤 :「それはありますね。レースに向かって行く環境じゃないので、何日かすると牧場モードに切り替わるんです。例えばゲートを嫌がって入らない馬でも、メンタルが整ってくると簡単に入るようになる。頭がいいので、実戦に向かうゲートか練習ゲートかわかるんですよね」
赤見 :やっぱり心の問題って、かなり大きいですよね?
後藤 :「生き物ですし、メンタルは大きいです。心と体が直結してるんですよ。レースで崩れたものが、治療や療養をしていい状態になると、一気にパンプアップしたりするんです。言葉を話さない分、体が発するシグナルはすごく大きいし、純粋に見せてくれますね」
馬にとってメンタルは大事
赤見 :これからの、育成牧場の目指すものはなんでしょうか?
後藤 :「今は求められるものがかなり大きくなっていて、送り返したら10日で競馬が出来るくらいの馬作りを整えておかないといけない。そういうプレッシャーは大きくなってますね。オールマイティーに要望に応えられないと、淘汰されていく時代ですから。
そういう意味でも、スタッフの育成は重要です。今は30以上の厩舎に関わらせていただいてますから、そのすべての馬作りに対応出来るようでないと。事務方も含めて50人弱のスタッフがいますが、人作りも大切にしていきたいです」
最前線であるトレセンとは、また違った馬作りが要求される育成牧場。なかなか表舞台に出ることはないけれど、競走馬たちにとってなくてはならない、大切な場所なのです!! [取材:赤見千尋/美浦]
◆次回予告
次回は栗東から常石勝義さんがリポート。競走馬の健康を支える競走馬診療所に潜入、最新医療の現場をお伝えします。公開は8/21(火)18時、ご期待ください。