スマートフォン版へ

伝統の馬事文化

  • 2013年02月23日(土) 12時00分
  • 8
 先日、2012年度JRA賞馬事文化賞を受賞した記録映像「疾走!相馬野馬追~東日本大震災を越えて~」(NHKメディアテクノロジー)を、遅ればせながら視聴した。

 たっぷり時間をかけて取材し、取材対象との信頼関係を築きながらも客観視することを忘れず、丹念につくり込まれた秀作である。千年の伝統を誇る世界最大級の馬の祭り「相馬野馬追」の魅力や、被災地である相双地区の人々にとっての存在意義などを、けっしてウェットにならず淡々と紹介しているがために、かえってジンと来てしまう。

 この作品には、競走馬として以上に、被災馬としてその名を広く知られることとなったダンツムソウが登場する。父ラストタイクーン、母の父シービークロスという芦毛馬で、中央と地方で24戦し、未勝利戦を勝っただけで登録を抹消された。今年12歳。津波に呑み込まれ、生死の境をさまよいながらも岸に泳ぎ着いた、生きる力の強い馬である。

 この馬の世話をしている稲田一哉さんのみならず、震災で大切な存在を失いながら、伝統の祭りに参加することによって自身の「立ち方」とでも言うべきものを強く持とうとする騎馬武者たちの姿には、胸に迫るものがある。

 さて、私も縮小開催となった11年、そして去年と相馬野馬追を取材するうちに、何人かの関係者と知り合いになった。

 小高郷の騎馬武者、蒔田保夫さんもそのひとりだ。というか、最も頻繁に連絡を取り合っているのが蒔田さんである。彼が野馬追で騎乗した元競走馬のマイネルアムンゼンが共通の話題となり、11年の野馬追以降、いろいろ話をするようになった。

 蒔田さんは、ともに野馬追に出場していた長男の匠馬(しょうま)君を津波で亡くした。成人式を終えたばかりの若武者だった。このコラムがスタートしたころ匠馬君のことを書いたことがあり、また、去年蒔田さんがつくった、匠馬君が野馬懸に参加したときの写真をあしらったステッカーを紹介したこともあるので、覚えている方も多いと思う。

ステッカー

ステッカー

 蒔田さんは先日、去年制作したものと同じ書体で、縦25cm、横7cmほどのステッカーをつくった。「負けるもんか!! 南相馬市おだか区」という文言も、匠馬君の写真入りのものと同じである。それを1枚500円で販売し、収益で2m×6mの垂れ幕をつくり、南相馬市小高区役所に寄付する予定だという。

「震災当初から『頑張れ東北』『頑張れ福島』『頑張れ南相馬』と、全国から応援のメッセージが寄せられ、励まされてきました。その応援に応える意味と、全国に散らばって避難している仲間たちや、地元に残った自分たちも頑張っているという意味で、これをつくりました」

 と、蒔田さんはステッカーを制作するに至った経緯を話す。

「負けるもんか」というのは、彼の大好きなハウンド・ドッグの大友康平さんが、以前行われた雨の野外ステージで何度も何度も叫びつづけた言葉だという。

「そのときの大友さんの心境と、今の自分たちの心境が似ているような気がして、この言葉を使うことにしました。この書体をデザインしてくれたのは、姫路市にお住まいで、阪神淡路大震災を経験した方です」

 収益でつくる垂れ幕は小高区役所の外壁にさげて、空白にした下部に、訪れた人がメッセージを書き込めるようにしたい、と考えているようだ。

「目立つところに垂れ幕があれば、自分たちも、小高に来た人も気づいてくれて、勇気づけられると思います」

 このステッカーに関する問い合わせは、件名を「ステッカーの件」とし、any_way.yas@ezweb.ne.jpまで。

 もうすぐ震災から2年になる。

 被災地は今なお被災地であり、そこで今年もまた多くの人馬が野馬追に参加して、伝統をつなぐ。

「負けるもんか」という言葉をいつも胸に抱いている蒔田さんは、去年、一昨年と野馬追への参加を見合わせていたが、今年は参戦を考えているという。

■プレゼントのお知らせ
島田明宏氏のコラムで紹介した被災地支援ステッカー(ご提供:蒔田保夫氏)を抽選で5名様にプレゼントします。下記応募フォームからご応募ください。
被災地支援ステッカー

被災地支援ステッカー


ご応募は「こちら」から
※応募期間は3月2日(土)12時までです。締切時刻以降の応募は無効となります。
※当選発表は、当選者へのメール送信をもって代えさせていただきます。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング