
BTCでの調教風景
多くの民間育成牧場から騎乗馬たちが調教のためにそれぞれBTCに集団でやってくる風景は、今やすっかりこの地でもお馴染みのものになった。現在、この施設を使って調教を行なう育成牧場は約40程度あり、その多くが周辺に馬房を確保して、“乗ったまま”で入場してくる。馬運車に乗せられて通う馬もいるが、圧倒的に多いのは「歩いて通える範囲」にいる馬たちだ。
この周辺だけは年々着実に新厩舎が建てられ、馬房数が増加してきた。その大半は「賃貸物件」である。大家がいて、厩舎を建て、それを店子に貸すのだ。基本的には人間の賃貸マンションと同じ構図だが、家賃はかなり高めに設定されている。1馬房当たり概ね1カ月4万円~4万5千円が基本料金とも言われる。この料金設定は、BTC内に108ある「貸し馬房」の料金(1日当たり1500円)に準じている、という。四方がコンパネでできているただの馬房に過ぎないのに、これはいかにも高すぎる、という不満が借り手側にないわけでもない。しかし、これまではこの「貸し馬房業」がひじょうにうまく回転していた。馬房が空けば次の入居者が入ってきて、物件が余ることはなかった。

BTCでの調教風景
現在、BTC周辺の「乗ったまま通える」範囲には約850馬房が点在していると言われる。大家(多くは周辺の生産牧場)自らが育成部門を手がけるケースもあるが、850馬房の大半は貸し馬房である。昨年後半あたりから利用頭数にやや陰りが見えてきているとはいえ、今のところ傍目には需給バランスが程よく取れているように見える。この周辺の育成牧場軒数も、今がピークのようにも思える。ところが、このバランスが今年中にやや変わって来そうな気配になってきた。2月よりBTCの道路向かいの空き地にいきなりダンプカーが土砂を運び始め、土盛りを開始したのである。重機が土を均し、どうやらこの一角に新厩舎が建てられるらしい話が伝わってきた。かなり広い面積である。仄聞するところでは、この一角だけで4棟もの厩舎が新たに建てられる計画という。
しかし、新厩舎建設の計画はここだけではない。これ以外にも確実に2か所(いずれもBTC周辺である)で、新たに厩舎が建てられることになっている。これら2か所に関しては建築主の名前も流布しているが、土盛りを開始した前述の物件に関しては、誰が入居することになるのかが謎のままだ。新たに建てられようとしている厩舎群の馬房数は、3か所で合計150~180馬房にも及びそうで、既存の850馬房に加えると、周辺には計1000馬房が稼働することになりそうだ。この動きに比例して、新たにここで育成牧場を開業するべく進出してくる人がいれば何の問題もないのだが、周知のように、サラブレッドの生産頭数はこのところ漸減傾向にある。社台グループを始め、日高の大手牧場ではむしろ生産頭数が増えつつあり、中小牧場が軒数と生産頭数ともに数を減らしてきているのが実情だ。
業界大手の生産牧場は、ほぼ自前の育成施設を有しており、BTC周辺の育成牧場に馬を預託するのは、一部のクラブ法人と個人馬主である。それも、日高の中小牧場で生産された1歳馬が秋に入厩してくるケースがほとんどで、このところの生産頭数減により、育成牧場では頭数確保が悩みの種になりつつあるのが現状だ。こうした環境下では、新たに開業する育成牧場が進出してくる可能性は低く、いずれこの周辺では、従来には考えられなかったような「空家」と化す物件が出て来そうな気がする。それに伴い、1カ月4万5千円が基本料金として設定されていた1馬房あたりの賃貸料も、値下げされる方向に進むのではないか。
これは借主の育成牧場にとっては一見朗報と言えなくもないが、それとともに、預託料の値下げ合戦も激化しそうな気がする。牧場によって多少の違いはあるものの、従来、BTC界隈の育成牧場は1ヶ月30万円程度が標準的な金額であった。しかし、生産頭数減により徐々に育成馬の確保が難しくなってくれば、単価を下げて営業するのが最も近道になる。だが、預託料値下げは、一歩間違うと自分で自分の首を絞める結果を招く。匙加減が難しいところだ。
これまでBTC界隈の育成牧場は概して預託料が高いと言われてきた。しかし、これにはやむを得ない部分もある。家賃とBTCの施設利用料(1日1000円。25日利用で2万5千円)だけで、すでに7万円になる。とうの昔に減価償却が終わっているような他の民間育成牧場ならば、これら家賃や施設利用料は原則としてかからないので、このハンデは大きいのである。BTC周辺の育成牧場が、その優位性を維持するためには、成績を上げる以外に方法がない。「ここで調教した馬たちは平均して好成績を残す」と評価されることが、今後に繋がるのである。生産牧場と同様に、育成牧場もまた生き残りを賭けた厳しい競争になってきている。