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JRA外国人騎手誕生か

  • 2013年04月20日(土) 12時00分
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 今週木曜日、私が「我が軍」と呼んでいる読売ジャイアンツが今シーズン初めて東京ドームで敗れ、本拠地での開幕からの連勝が10でストップした。先発した沢村拓一投手をはじめ、大乱丁だった投手陣をリードした阿部慎之助捕手は、こうコメントした。

「暴れ馬を操縦できなかった」

 以前、武豊騎手と、かつて阪神タイガースのエースとして活躍した江夏豊氏との対談で「騎手はピッチャーとキャッチャーのどちらに近いか」という話になったときも、やはりキャッチャーだろうということで見解が一致した。

 特にエース級のピッチャーほど力勝負に出たがり、変化球で「タイミングをズラす」ことも「逃げる」とみなし、嫌いがちだ。阪神の藪恵壹コーチが話していたのだが、キャッチャーは、変化球のサインにピッチャーが首を振ったら、いったんプレートを外させて仕切り直し、もう一度同じサインを出すこともあるという。

 そんなふうに、すぐに全力を出し切ろうとアツくなる相棒(=ピッチャー、馬)の頭を冷し、なだめ、すかして組み立てる……という点で、キャッチャーとジョッキーは同じものが求められる。

 キャッチャーの場合はキャッチング技術であったり肩の強さ、ジョッキーはステッキ持ち替えの速さであったり追いつづけるスタミナなどフィジカル面で求められるものも多いが、それ以上に大切なのは「コミュニケーション能力」だ。言葉と、それ以外の手段によるコミュニケーション能力、である。

 日本のプロ野球で外国人(外国籍)キャッチャーが成功した例は、戦前・戦時中に活躍したバッキー・ハリス、田中義雄(後に日本国籍を取得)、1950年代に3年連続でベストナインとなった広田順……といったところまで球史をさかのぼらなければならない。キャッチャーが配球を決める日本では、やはり言葉が壁になる。アメリカではどうかというと、2006年にキャッチャーとして初の日本人メジャーリーガーとなった城島健司氏も、向こうで「成功」したと言えるかどうか、微妙なところだ。

 組み立てに関する考え方がピッチャーや首脳陣と異なっている場合、自分のそれとどうすり合わせていくかにおいて、言葉によるコミュニケーションが不可欠になる。もちろん自分流の組み立てを実践して「回答」を示し、その繰り返しで考え方を理解してもらうのもコミュニケーションと言えるのだろうが、味方の攻撃のリズムをつくるためには何度もピッチャーに首を振らせるべきではない。やはり普段から話して、互いに納得ずみで配球を組み立てるべきだろう。

 では、ジョッキーはどうか。

 馬はおそらく人間の簡単な言葉しか解さない。以前、武豊騎手が「アメリカの馬は頭がいい。だって英語がわかるんだから」とギャグを飛ばしていたが、理解しているのは「グッド」「ウエイト」「ゴー」など、いくつかの指示に関する基本的な単語だけで、あとは人間の表情や動きの硬軟などを受けとめて判断しているはずだ。

 実は私も、標本数は少ないが、馬がどのくらい言葉を理解しているのか「実験」をしている。贔屓のスマイルジャックの馬房を訪ねるたびに私は「スマイル」と呼びかけるが、かなりの確率で無視される。しかし、ニンジンをあげるときは「ニンジン食うか」と必ず言うようにし、ときどき、ニンジンを手にしていないときにも「ニンジン」と言ってみる。これまでのところ、「スマイル」と呼びかけたときより耳をこちらに向ける確率は高い。スマイルとしては「うるせえなあ」と思って耳をピクリとさせているだけなのかもしれないが、少なくとも「自分の好物に関する音」として認識しているように思う。どの馬も、自分の担当厩務員の足音やクルマのエンジン音を聞き分けているのだから、言葉と、それに付随する意味も、ある程度はわかっているはずだ。が、やはり、「ある程度」だろう。

 だからといってジョッキーに、言葉を用いたコミュニケーション能力が不要なわけではもちろんない。

 騎乗馬の乗り方に関する指示の理解力、レース後に関係者にとってヒントになる情報フィードバックする伝達力、メディアを通じて自身を含めた「競馬界」の魅力をアピールする発信力といった、言葉に関する能力がなくてはならない--。

 先日、JRAが今年8月上旬に公示する騎手免許の試験要領に「外国人騎手が試験を受ける場合」を明文化し、現在の短期(年間最長3か月)の限定解除を検討している、とスポーツ紙で報じられた。つまり、外国人騎手にJRAの通年の騎手免許が与えられるようになるかもしれないのだ。

 もしこれが実現すれば、JRA外国人騎手第一号にもっとも近いところにいるのは、先日皐月賞を制してJRA・GI9勝目をマークしたミルコ・デムーロ騎手だろう。

 デムーロ騎手は、皐月賞後に行われた共同会見で、最後にアナウンサーに「今夜の予定は?」と訊かれたとき、通訳を介さず「六本木」と答え、報道陣を笑わせた。そう答えたときの「間」や、「六本木」のニュアンスを汲んだ周囲の反応を期待しつつ、少しはにかんでみせた表情などは、日本人そのものだった。現時点でも言葉を含めたコミュニケーション能力に問題はなさそうだ。

 これは「ミルコをJRAのジョッキーにするためのルール改正」などと言われているようだが、プロ野球のFA(フリーエージェント)だって、最初は「清原を巨人に移籍させるためのルール」などと言われながら、やがて定着した。

 引退後、JRAの調教師となる道までも用意するのかなど、まだまだ検討の余地はありそうだが、プロ野球でFA資格を得た外国人選手が外国人枠に縛られなくなるのと同じように、1999年に初来日してから今年が15年目というデムーロ騎手のように長く日本で活躍した騎手は、本人がその気になればJRAの通年の騎手免許が得られるようにしてもいいのではないか。

 JRAの通年騎手免許が、世界中のジョッキーの憧れになり、目標にもなる……となれば、日本の競馬界にとってけっして悪いことではないと思うのだが、どうだろう。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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