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桑島孝春氏の講演会

  • 2013年06月12日(水) 18時00分
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 去る6月7日、浦河のBTCで桑島孝春氏の講演会が開催された。

 言うまでもなく桑島氏は南関東・船橋所属で騎手として活躍した人で、デビュー以来55歳で引退するまで4万回を超える騎乗をこなした“鉄人”でもある。通産4713勝、重賞は86勝。

桑島孝春氏の講演会風景

桑島孝春氏の講演会風景

 桑島騎手で真っ先に思い出すのは1985年11月のジャパンカップであろう。雨の降りしきる不良馬場の中、シンボリルドルフが勝ったこのレースで、桑島騎手が騎乗した地方代表馬ロッキータイガーは果敢にルドルフを追い2着(11番人気)に突っ込んできて一躍注目される存在となった。ついでながら記すと、当時、JCに出走できる地方所属馬枠は1つしかなく、また南関は今よりはるかにレベルの高い時代であった。JC出走枠をかけた一戦は10月31日大井の「東京記念」。59キロを背負ったロッキータイガーと60.5キロのトップハンデを課せられたテツノカチドキとの一騎打ちとなり、アタマ差でロッキータイガーがテツノカチドキを退けたのだった。

 1955年1月に浦河で生まれ、1969年の中学校在学時、船橋競馬場に転居する。ご本人曰く「いきなり学校に高松(弘之)調教師という人がやってきて、ボクを船橋に連れて行った」とのことで「クラスメートの中には、突然いなくなったものだから、桑島は拉致されたんじゃないかと思っていた人もいたと思う」という。騎手を目指して中学校から厩舎に住み込み、厩務員と同じような仕事をこなしながら通学する例は他にもたくさんあった。私の同級生にも1人いたし、当時はそれが当たり前のこととしてまかり通っていた。

 しかし、桑島氏は、自身を騎手として育ててくれた高松弘之師には本当に感謝している、と言う。やや朴訥な語り口ながら、誠実で真面目な人柄が伝わって来る講演であった。

 思い出に残る馬を挙げて欲しいという質問に対し、桑島さんがまず名前を出したのは、前記ロッキータイガーであり、次に「師匠のところの馬で初めて東京ダービーを勝ててとても嬉しかった」という理由からプレザントの名前も挙がった。プレザントの東京ダービー制覇は1993年。基本的に自厩舎の馬を最優先で騎乗してきた桑島さんの義理堅さがよく表れている。

 また、今となっては「古き良き時代」の思い出になってしまった感が強いアラブの名前も挙がった。桑島さんが20歳の時、1週間前から遠征して万全の態勢で臨んだ楠賞全日本アラブ優駿の勝ち馬ホクトライデンや、アラブながらサラの一線級に果敢に挑戦して重賞勝ちするなどの活躍を見せたヨシノスカレーという名前も思い出深い存在として触れていた。

 講演は約1時間。あらかじめ桑島さんに対する質問事項を用意し、それにひとつずつ答えて頂く形で進んだ。また参加者との質疑応答も行われた。

 騎乗技術論から体調管理に関すること、オフの過ごし方まで幅広い内容であった。16歳~55歳までの40年近い現役生活であり、体調管理には人一倍気をつけて来られた桑島さんだが、ご自身は「減量苦がほとんどなかった」らしく、それがとても幸運であったと振り返る。

 中央や他の地方と異なり、南関東公営は4か所で通年開催される競馬である。加えて川崎と大井ではナイター開催になり、とりわけ騎手の負担が大きい。ほぼ年中無休で長く乗り続けてきた桑島さんのお話はひじょうに興味深いものであった。

 現在、桑島さんは地方競馬全国協会参与として後進の指導や公正関係のアドバイザーなどに当たっている。豊富な騎乗経験と、実直なお人柄を見込まれたからだが、まさしく適任であろう。

還暦が近いのにとても若々しい桑島孝春氏

還暦が近いのにとても若々しい桑島孝春氏

 文字通り「生涯一騎手」を貫いた桑島さんに「なぜ調教師にならなかったのか」という質問も寄せられた。それに対して桑島さんは「55歳まで乗ったので、それから試験を受けて調教師になったとしても(厩舎経営が)軌道に乗るのは60を過ぎてから。それならば乗ることだけに専念しようと考えた」と答えた。調教師になると騎手とはまた違った気苦労や悩みが出てくるのは当然のことで、ご自身の柄に合わないと考えられたのかも知れぬ。

 現在58歳で還暦が近いのに、桑島さんはとても若々しい。実年齢よりもずっと若く見える。騎手の場合、現役を引退すると激太りして別人のような風貌になってしまう例が少なくないにもかかわらず、桑島さんはまだ勝負服が似合いそうだ。これも節制と鍛錬の賜物なのだろう。

 もう一度改めてゆっくりとお話を伺いたい人である。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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