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週刊サラブレッド・レーシング・ポスト

  • 2003年07月29日(火) 17時08分
 『86年のケンタッキーダービー馬で、日本で種牡馬生活を送っていたファーディナンドが、屠殺されていたことが判明。アメリカ人が怒っている』との報道に関して、3点ほど私見を述べたいと思う。

 もともとは、種牡馬として不成功に終わったことを知った元の馬主が、それなら買い戻して生まれ故郷で余生を過ごさしてやりたいと考えたのが発端。人伝てに調べてみたら、馬は既に死亡しており、状況から見て屠殺の可能性が高いことがわかったというわけだ。確かにこれは、痛ましく悲しいニュースである。至福の時を提供してくれたファーディナンドを連れ戻そうとした元の馬主さんの悲嘆はいかばかりかと思うと、こちらの心も痛む。

 だが、功成り名を遂げた者が、等しく平穏な余生を送れるわけではないことは、人間も馬も同じである。またこの類の話は、アメリカで起きたことがないかというと、むしろ逆。アメリカでは現在、サラブレッドの屠殺は止めようというキャンペーンが展開中。すなわち、そういうキャンペーンが起きる背景が、アメリカにもあるということなのだ。従って、競馬サークル内の人間は、逝ってしまった名馬を偲んで深い悲しみに包まれながらも、態度は比較的冷静である。

 だが、そういう説明では納得しないのが、動物愛護団体の皆さんだ。そうでなくても、日頃から競馬を目の敵にしている人たちにとって、今回の一件は絶好の攻撃材料である。彼等の憤りをもって、「アメリカ中が悲しんでいる」とか、「今後、アメリカから日本に種牡馬が入らなくなる」などと論評するのは、言い過ぎである。

 日本の競馬産業界としては、第2のファーディナンドを出さない努力をすべきだが、同時に、今回の一件で生じた誤解を解く努力をすべきであろう。

 この一件を初めて報じたブラッドホースの記事には、『これは、日本に輸出されたほとんどすべて種牡馬に起こりえる事。ファーディナンドの運命は決して例外ではなく、それが習慣なのだ』とか、『日本は馬の肉を食べる国民である』といった記述がある。

 記事が出た翌日、私の知り合いの競馬記者(アメリカ人)で、記事が掲載された雑誌とは違う競馬雑誌に勤めている者から、早速私のもとに連絡があり、「日本には、引退した種牡馬が余生を送るという習慣がないのか」、「あなたは週何回、馬肉を食べるのか」と、矢継ぎ早に質問を受けた。私の知り合いであるその競馬記者は日本に来たことがなく、そういう人が上記の記事を読めば、こういう質問が出てきてもおかしくはない。

 ちょっと日本の馬産地を歩けば、悠々たる余生を送っているサラブレッドを見かける機会がたくさんあること。引退功労馬に対する公的機関による助成プログラムもあること。馬肉を常食しているのは、極めて少数派であること。などなど、説明すべき点はしっかり説明すべきであろう。

 そういう意味では、日本中央競馬会が高橋政行理事長名で、「1980年以降に輸入された24頭のチャンピオン級のサラブレッドのうち、23頭は、現在も健勝に過ごしているか、自然な死を迎えていることがわかっている。唯一の例外がファーディナンドである」との声明を発表したのは、迅速にして的確な対応であったと思う。

 それでは、第2のファーディナンドを出さないためには、どうしたら良いのか。

 もちろん、JRAやJBBAによる功労馬に対する助成プログラムを増強促進する必要はあるだろう。だがそれだけでは、問題を根絶することは難しかろう。サラブレッドの所有者ひとりひとりの意識の問題が大切だとは思うが、例えば、外国からある一定以上の実績を築いた馬を購買し輸入する際には、その馬の余生に関する条項を契約に盛り込むことを、売る側も買う側も徹底することなどが、差し当たり出来ることではないだろうか。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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