洋芝の函館は「道悪馬場」に転じるとき、他場の渋馬場よりはるかにパワーを要する芝コースに変化する。それもレースを重ねるごとにタフなコースになる。この日、朝の1レースの2歳未勝利戦は芝1200m1分13秒0だった。上位を占めたのは同じ函館で1分10~11秒台の時計を持つ馬である。3レースの3歳未勝利戦は、やっぱり1分10秒台の持ちタイムのある馬が、今度は1分14秒3の勝ち時計だった。たちまち状況が違っていた。
スタッフと、ひとしきり昔むかしの函館の道悪の話題になった。現在とは馬場の作り方からして異なるが、1973年の函館は張り替えた芝に雨が降り続き、文字通り水田と化した。芝1200mの函館3歳S(当時)を勝ったサクライワイ(父マタドア)の勝ちタイムは、1ハロン異なる1分21秒7だった、などと…。もう古典に近いが、快速牝馬サクライワイはのちに日本レコードの1分08秒4でスプリンターズSを勝ったスピード馬である。
芝2400mの「みなみ北海道S」を逃げ切ったのは、福永洋一騎手のヒシダイセン(父スパニッシュイクスプレス)。この重の鬼の勝ちタイムは2分48秒3。3秒4も離れて入線の2着馬はすでに大差。そのあとも大差、大差。最下位グループは7秒も8秒も離れて歩いていた……。
そうこうしているうちに、行われたのは2000mの「定山渓特別」。すいすい逃げ切ったネコタイショウ(父サムライハート)の勝ち時計は2分06秒9(上がり39秒1)。大差勝ちだった。
つづく芝2600mの「支笏湖特別」を、上がり38秒9も要し、2分50秒7(レコードは2分39秒4)で勝ったのはやっぱり武豊騎手の騎乗したヤマイチパートナー(父サムライハート)。道悪の函館で、2000~2600mの特別を2連勝した武豊騎手は、この時点で札幌記念のトウケイヘイローの逃げ切りを確信したのではないかと思われる。
ひどい道悪となった芝コースは、スタートして隊列ができかかったら、もうレースの帰趨が見えることも珍しくない。追い込み策などめったに通用せず、最初にできた隊列から脱落する馬がいるだけのこと。先行馬と後続との差はどんどん広がってしまう。最近では、ロジユニヴァースの日本ダービーがそういう道悪で、後方から差を詰めることができたのは、のちに凱旋門賞であと一歩の2着に快走したナカヤマフェスタ(父ステイゴールド)ぐらいだった。
予測されたようにスッと先手を奪った武豊騎手のトウケイヘイローは、気分良くすいすいマイペースの逃げ。思われていたより道悪を苦にしないことが判明すると、途中から「12秒8-12秒7-12秒7」の平均ラップを踏んだ。絶賛されるべきはここから。マイペースの逃げでリズムを作ったあと、ライバルが差を詰めにかかろうかという3コーナー手前、息を入れて引きつけるどころか、逆に「12秒4」とピッチを上げ、一気に引き離しにかかった。追い込みなど利かない馬場コンディションを考慮し、一番の勝負どころを前に、トウケイヘイローがもっとも早く自分からピッチを上げてしまったのである。
トウケイヘイローの最後の2ハロンは「13秒0-14秒0」。もちろん鈍っているが、これは計算済み。勝負は4コーナーではもう決まっていた。最近では珍しい驚異の上がり馬に、完全に復活した武豊騎手の、レースを読み、馬場や相手を推し量る力量が重なっている。
これで重賞4勝目。ちょっと地味な血統背景もあって、今回も含めここまでの8勝はすべて1番人気ではない。だからこそ、頼もしい上がり馬である。父ゴールドヘイロー(その父サンデーサイレンス)は、種牡馬として最初はホッカイドウ競馬の2歳戦で早期育成馬の優れた成績を残したが、しだいに評価が下がり2012年生まれ(現1歳)の血統登録された産駒は3頭にとどまっている。
でも、初のグレードレース勝ち馬となったトウケイヘイローが1600~2000m級でこの大活躍だから、再びサンデーサイレンスの渋い後継馬の評価を取り戻すことだろう。トウケイヘイローは、秋のビッグレースでどんなレースをしてくれるのだろう。そこはまだ分からないが、はっきりしているのは、もっと強くなるだろうことと、相手が強化するから次もやっぱり1番人気にはなりそうもないことである。
追走したアイムユアーズも、ロゴタイプも、アンコイルドも、自分からスパートしたのではなく、トウケイヘイローがピッチを上げたから、(相手にリズムを作られて)離されないようにピッチを上げることを求められてしまった。道悪馬場でこの形のスピードアップは苦しい。
2番手グループは、一度は苦しくなって下がりかけながら最後にパワーとスタミナ能力を絞り出すように3着に巻き返したアンコイルド(父ジャイアンツコーズウェイ。牝系はトリプティク、エリモハリアーの父ジェネラスなどの一族)が、トウケイヘイローとはもう大差にも相当する10馬身差で3着。アイムユアーズも、失速したロゴタイプも、勝ったトウケイヘイローとの最終着差は「大差」だった。
2着したアスカクリチャン(父スターリングローズ。母の父ダイナレター)は、函館記念と同じような最後の直線になったが、前半は中団より後方追走になった函館記念と戦法を変え、最初から気合を入れながら5~6番手につける積極策をとった岩田騎手の判断が良かった。時計を要した昨年の七夕賞を勝ち、1分57秒7の新潟記念を好走し、今回は2分07秒5の札幌記念を2着。夏の平坦巧者にはちがいないが、まったく異なる馬場コンディションをこなすからすごい。
牝馬アイムユアーズ(父ファルブラヴ)は、こういう馬場の2000mは明らかに適距離を超えているから、大差の4着とはいえ立派なものである。果敢にがんばった。
1番人気の3歳ロゴタイプ(父ローエングリン)は、積極的に先行したが力尽きて勝ち馬から2秒1差の5着。休み明けでもあり、1分58秒0のレコードで乗り切った皐月賞とはまるで異なるコンディションだったから、始動の今回は仕方がない。今後のカギは、ここまでは才能を開花させるよう仕上げる手法で通用してきたが、これからは古馬を倒さなければならない。個人的な見解だが、たくましく鍛え上げることができるかどうかだろう。
7歳トーセンジョーダン(父ジャングルポケット)は、好仕上げで力強く抜け出した2011年の札幌記念に比べると、今回は状態一歩。全体に太かった。
重巧者レインボーダリア(父ブライアンズタイム)は、もう少しいい競馬ができるかとも思えたが、2200mを2分16秒3(通常より5秒程度かかった京都の重馬場)と、1分58秒6で函館記念を制したトウケイヘイローが2分06秒5(その差約8秒)もかかって乗り切った洋芝の函館の重馬場とは、さすがに求められるものが違っていたということだろう。