日本中が固唾を呑んで見守った今年の凱旋門賞。日本競馬の悲願はまた持ち越しとなった。昨年限りなく勝利に近づいたオルフェーヴルと、ダービー馬キズナをもってしても届かなかった世界の頂点。現実を突き付けられた瞬間、現地では何が起こっていたのか。池江泰寿厩舎の担当記者で、C.スミヨン騎手とも懇意にしている馬サブローの安里真一記者が、ホースマンの挑戦を振り返ります。(取材・文:安里真一、写真:高橋正和)
ゴール前、トレヴが後続を突き放す
「完敗です。トレヴが強すぎた」
日本馬の関係者、全員が口を揃えてそう言った。勝ち馬のその強さに、ただただ脱帽した。
第92回凱旋門賞は3歳牝馬のトレヴが制し、無敗の凱旋門賞馬の誕生となった。今年も欧州調教馬が優勝。伝統の一戦に日本馬の名前が刻まれることはなかった。
ウィークエンドロンシャン開催は、3日に降った激しい雨の影響で、凱旋門賞前日・5日のレースは非常に時計の掛かる馬場コンディション。凱旋門賞当日もその傾向は変わらず、1つ前の2000mのレースは牝馬限定とはいえ古馬のGI戦、それでも2分09秒03も掛かっていた。
レースは、外枠のジョシュアツリーが内を見ながらゆっくり、ゆっくりと前へ行く。この逃げ馬が完全にハナを取りきったのが、3コーナー手前の約1000m地点。馬群はひとかたまりで、見るからにペースはスロー。時計の掛かる馬場に、スローペースのヨーイドン。こうなれば斤量の軽い馬が断然有利。勝ったトレヴの展開だった。
3歳牝馬のトレヴ、無敗の凱旋門賞馬に
オルフェーヴルは2年連続の2着。またしても夢は叶わなかったが、真っ青な顔でレースから引き上げてきた昨年とは違い、スミヨン騎手の表情は清々しかった。パドックに引き上げてくると、勝ったかのように雄叫びを上げ、日本から来た大勢のファンを盛り上げた。
「うまく折り合いも付いていたし、いいレースができたと思う。4コーナーでユタカに閉められてしまい、思ったところで動けなかったけど、それは大きな問題ではない。勝ち馬との5キロの斤量差は大きい。直線だけで5馬身も離されたのだから仕方ない」。
軒並み上がりが掛かっていたこの日の馬場で、ラスト3ハロンを全て11秒台でまとめたトレヴ。59.5キロを背負って、それ以上の脚を使うことは不可能だった。
2年連続の2着となったオルフェーヴル
池江調教師も「精一杯やってきて、オルフェーヴルも能力を出し切ってくれた。でも、トレヴが強かった。完敗ですね。これがヨーロッパの層の厚さ。やっぱり重い扉ですね。もちろん勝つまでは絶対に挑戦し続けますよ」。
昨年の敗戦を糧に、この1年を取り組んできた。栗東の角馬場で基礎調教を繰り返し、コースではあえて真ん中を一頭だけで走らせた。放馬したときのリスクを避けるために、昨年は取り入れなかった草原のような広さのエーグル調教場・芝周回コースの追い切りも、今年は勝つために取り入れた。やるだけのことをやって負けたのだから悔いはない。
キズナは最後に脚が上がって4着。武豊騎手は引き上げてくるなり「来年もまた来ましょう」と言った。レースは後方2番手からトレヴをマークする形。勝ち馬がフォルスストレートで進出していくと、それを追いかけ、なおかつオルフェーヴルに蓋をするしたたかさ。チーム・ジャパンとはいえ競馬になれば別、ライバルの進路を塞ぐことは勝つための常套手段である。
「トレヴをマークしていったけど、そこから抜け出すのはね。最後は離されてしまった。世界の壁は厚い。また来年もキズナと挑戦したい」。その眼差しは来年に向けられている。
早くも来年を見据えた武豊騎手
ずっと調教をつけていた山田助手は「フランス入りした当初は、慣れないダート調教に疲れてトモがクタクタだった。ニエル賞の時は本当にいい状態とは言えなかった。今回も、もう少し日にちがあれば…という気もしますが、日にちがあれば良く出る面も、悪く出る面もあるので一概には言えません。ただ、この遠征で心身共に成長していることは間違いないです」と労った。
まだまだ伸びしろの大きいキズナにとっても、来年に向けて実りの多い挑戦になったことだろう。
キズナは来年に向け実りの多い挑戦に
スミヨン騎手が最後に締めくくった言葉、それは『アイム ベリー ハッピー』。負けた悔しさよりも、オルフェーヴルと満足のいくレースができ、共有した時間がとても幸せだった、と。
勝利に執着する気持ちが人一倍強く、感情の起伏が激しい彼が穏やかな表情で語ったのがすごく印象的だった。歴史的瞬間は見られなかったが、世界の最高峰と呼ぶにふさわしいレースで全力を出し切ったホースマンの姿を見ていると、不思議と悔しい気持ちは残らなかった。
池江師「勝つまで挑戦し続けます」
競馬ファンの夢は続く…