◆かつては“未開の地”だった海外競馬
知人にすすめられ、『石川ワタル、世界をワタル』(東邦出版)を読んだ。
今ならサラブレッドの5代血統表は、パソコンやスマホから瞬時に入手できる。架空の5代血統表さえも、ただで簡単に見ることができる。だが、まだインターネットどころか、ファクスもワープロも世の中に普及していなかった時代。1980年代の前半までは、5代血統表をつくるのは大変な作業だった。
半日がかりはざら。なじみのない外国産馬ともなれば丸1日を要することもあった。10万円もするファミリーテーブルなど、いろんな書物をあさり、照合し、ひとつひとつ手書きで5代血統表を埋めていったものである。
そんな時代だから、海外の情報たるやお粗末なもの。詳しく伝えてくれるスペシャリストもいなかった。その未開の地に足を踏み入れ、“海外競馬の伝道師”の道を切り開いたのが石川ワタルさんである。この人物が孤軍奮闘して切り開いた道を、今、私たち書き手は楽して歩いているにすぎない。
あの時代、海外の競馬は遠い遠い別世界の話であり、ミルリーフ、ニジンスキー、セクレタリアトといった歴史的名馬は、はるか雲の上の存在だった。東洋の離れ小島で暮らす少年が、場末の映画館で見るハリウッド映画、銀幕の大スターにあこがれるようなものだったろう。
海外の情報に飢えていた私たちは、この人物が『優駿』などに書く記事を貪るように読んで育った。海外競馬の動向、歴史的名馬や偉大なホースマンの存在、欧米の競馬の歴史、サラブレッドの血統とその歴史、日本と欧米の競馬の違い、日本の競馬はどうあるべきかなど、石川ワタルさんが書いた記事から教わったものは数知れない。
本書は、最初に寄稿した1975年から今日まで、約40年におよぶ記事の中から33編を抜粋。新たに解題として、その後の状況や個人的な感想を書き足した2部構成になっている。
値段は1800円(税別)。本としてはやや高いかもしれないが、馬券の購入費と考えるなら安い。1レースだけ我慢して、買ってみる価値はある。一読をおすすめしたい。