評判馬ダイシンサンダー新馬取り消しの真相/吉田竜作マル秘週報
◆キュウ舎関係者のサラブレッドに対する愛情が垣間見えた瞬間
先日、野中キュウ舎に取材に行くと、ちょうどトウカイトリックの手入れの真っ最中。担当の大平助手のブラッシングに、くすぐったそうに身もだえるあたり、12歳の今でもかなり皮膚は薄い。人も馬も年を重ねると皮膚が厚ぼったくなるというが、このあたりがこの馬の若さの証明か。
さらに驚かされたのは大平助手の手が胸前のあたりに差し掛かった時。普段もちょっかいを出す程度のいたずらはするのだが、基本的に大平助手に危害を加えようという感じはない。しかし、この時は近づく手をかみにいこうとしたのだ。大平助手に「珍しいですね」と振ると、「こいつ、ここが弱点なんよ」。
「2歳の時にな。診療所でうるさいもんだから、注射のたびにハナネジをされてたんだけど、その時に注射を打たれた場所がここなんだ。それから10年もたつのに忘れないんだよな。もう、ずっとこんな感じ。触ると分かっていれば触らせてくれるが、不意に手を近づけようものなら本気で嫌がる。人間なんて10年も前のことなら忘れてしまうが、こいつらは嫌なことは忘れないんだよなあ」
サラブレッドという生き物は「嫌なこと」を忘れない。だからこそ、ゲートという最もストレスのかかるテストには陣営も細心の注意を払っている。そうした「心配り」が“事故による”という説明にすりかわってしまったのが、先月26日の京都6R3歳新馬戦(芝外1800メートル)を取り消したダイシンサンダー(牡=父アドマイヤムーン、母イチゴイチエ・松田博)の事例だ。
新馬戦に出馬投票したくらいだから、もちろんゲート試験自体は突破していた。ただ1度目の試験で不合格になり、2度目にテンションが上がり気味になりながら何とかパスした背景があっただけに、「レースの前にもう一度確認しておかないと」(松田博調教師)ということでレース直前の金曜(24日)にゲート練習を行ったという。
「そうしたらゲートに寄り付かなくてな。これはいかんということでJRAの職員に話をして取り消してもらった。馬にもよくないし、みんなに迷惑がかかるからな」
このコラムを読んでくださる方は「松田博師は現行のゲート試験の判定に厳しい」という印象を持っていることだろう。もちろん、「ゲートなんてちゃんと入って、他馬に迷惑をかけずにスタートすればいい。使う馬によって距離も違うんだから、みんながみんな速く出なくたっていいじゃないか」という“持論”は揺らいでいない。ただし、毎回これに合わせて言うのが「よっぽど出なかったり、悪かったりする馬は、こっちだってうまくなるまで使わないさ」。今回はそのポリシーにのっとったわけだ。
仮に「試験には通っているのだから競馬も使ってしまえ」となり、本番でゴタゴタしたら…。トウカイトリックの抱えるトラウマどころの騒ぎではなくなり、再びゲート試験を突破するのは難しくなっていたことだろう(今回はゲート再試験などの措置はない)。ダイシンサンダーの今後のためには「英断」だったと思うし、キュウ舎関係者のサラブレッドに対する愛情が垣間見えた瞬間でもあった。
現在、ダイシンサンダーはゲートにくくり付けられ、ひたすら辛抱する特訓を行っている。「馬がゲートは安全なものだと納得するまで慣らす」のだが、いわゆるこの「縛り」はいつ見ても切なくなってくる。不安でジッとできない馬。慣れさせるために時にはあえて馬が嫌がることをしなくてはならないスタッフ。こうした愛情としつけの繰り返しでサラブレッドたちはターフに旅立っていく。
大ベテランのトウカイトリックを支えてきたのも大平助手の愛情だろうし、これからデビューとなるダイシンサンダーも八鍬キュウ務員が支えていくことだろう。恐らくは2回京都開催中に初陣を飾ってくれると思うが、その時は彼の辛抱を重ねて少し大人になった姿にエールを送ってほしい。
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