◆秋は府中でGIを狙うよりも良い舞台がある もちろん、勝ったのは須貝尚介厩舎の5歳牡馬
ゴールドシップにきまっている。でも、抜け出して差を広げた瞬間、このGIを勝ったのは「ノリ(横山典弘騎手)にちがいない!」。同時に、「ステイゴールドだからだ!」と感嘆してしまった。夏のグランプリは、1番人気に支持されたゴールドシップ(父ステイゴールド)の圧勝だった。
横山典弘騎手(46)が、3週も連続してゴールドシップと理解し合い、打ち解け合うために栗東に行ったことは伝えられている。ただ調教にまたがるだけでなく、馬房に入ってあいさつをかわし、調教が終われば顔をなで、もう親しい友だちであることを認め合っていたことも…。
ありえないくらい異例である。パドックでまたがり、返し馬に入り、わずかの時間で個性や気性を把握する。むずかしい馬のテン乗りでも、お手馬のような手綱さばきで能力を発揮させてしまうのがベテラン横山典弘騎手のトップジョッキーたるゆえんである。たまに疎通が図れないと、後方追走から「直線差詰め」だけになったりすることもあるが、それはワンアンドオンリーのように、やがてしかるべき結果を出すための過程である。3週も連続して栗東に行った。行かなければ、ゴールドシップの全能力発揮のパートナーになれないと感じたからである。
ゴールドシップは気負うことなくソロっとスタートを切った。これでは行き脚がつかず最後方追走となるかと見えたが、他馬と離すように外を進ませ、小さな合図を送ると、ゴールドシップはまるで打ち合わせていたかのように二の足を利かせて1コーナーまでに好位の外におさまった。
このレース運びは、後方一気をきらった陣営が、内田博幸騎手→ムーア騎手→岩田康誠騎手→ウィリアムズ騎手…と、毎回、毎回、騎手をチェンジしながら注文をつけたレース運びである。
聡明なゴールドシップは、こういうレース運びをした方がなにかと厄介な問題を引き起こさず、自分にも楽なレースになるのをもう理解していたのである。友人になった典弘騎手に「めんどうをかけてはならない」。レース後の「気まずさを味あわせてはならない」。ゴールドシップが自分から行ったように見えた。この時点でもう勝機はみえた。
ヴィルシーナが主導することになったレースの流れは、予想された通りのスローで、
「前半1000m62秒4-(12秒1)-後半59秒4」=2分13秒9」
たとえスローでもレース上がりが33秒-34秒台にはならないのが、梅雨時のシーズン末の阪神の特徴であり、今回もこんなスローなのに、最後は「11秒7-11秒8-12秒1」=35秒6。
先行して抜け出したゴールドシップの上がり「35秒2」がメンバー中の最速だった。
「ぼくは、ただ乗っていただけ」。「ホッとした」。たしかに直線に向き、気を抜かせないためのムチを入れただけの横山典弘騎手のコメントは、ふつうはレース後の、勝った馬を称えるための(多くはお決まりの)謙虚に聞こえる感想ではあるが、今回は、ごく当然のように、こころの底から出た言葉のように聞こえた。ゴールドシップの調整に3週連続して駆けつけ、互いを認め合い、打ち解け合った横山典弘騎手のストレートなレース感である。
この友だちに気まずい思いをさせては、二人とも面目丸つぶれになってしまうではないか、と考えたのはゴールドシップだった。そして、ゴールドシップのプライドをだれよりも大切に受け入れたのが騎乗した横山典弘だったということである。
これで阪神【5-1-0-0】となったゴールドシップは、あまりにもストレートではあるが、このあとが天皇賞(秋)、ジャパンCのローテーションでは、これまでよりはいいレースはできるだろうが、12月の好ましい馬場とコースの有馬記念とはちがい、あまり勝算は計算できないと思える。凱旋門賞にはすでに登録がある。
軽い冗談ではあったが、「これから毎年いくらでもGIを勝てる」と放言してヒンシュクを買いかけたこともあるオーナーの、聡明でプライドを重んじるゴールドシップのために用意すべき秋のローテーションは決まった。さすがに費用はもう十分に稼いでくれたはずである。
ステイゴールド産駒は、2009年ドリームジャーニー、10年ナカヤマフェスタ、12年オルフェーヴル、13年ゴールドシップにつづき、14年もゴールドシップ。最近6年間で宝塚記念5勝となった。同じようにファン投票で出走馬を選ぶ有馬記念も、最近5年間で4勝である。
ファンにとってたまらない種牡馬となり、ある意味では驚異の種牡馬となった、そういうステイゴールド産駒の特質は他のコーナーや、別の機会にゆずるとして、「宝塚記念」では、季節と、コースと、馬場コンディション。これが最重要であることが、ゴールドシップの独走によって改めて浮き彫りになった。
◆各人気馬は実力負けではないのは明らか 2番人気の
ウインバリアシオン、3番人気の
ジェンティルドンナ、4番人気の
メイショウマンボ、5番人気の
ホッコーブレーヴは、今回、まったく見せ場もなく着外に沈んでしまった。もちろん、これが実力負けではないのは明らかである。GIレースの中で、今年はとくに、なんとなく離れ小島のようになった印象がなきにしもあらずの宝塚記念は、展望からして複雑だった。
とくにシーズンオフのない日本は、春のビッグレースシーズンと、秋の大レースシリーズに合わせて、どこに向けて体調を高めていくかが重要であり、そこに春のドバイ、恒例になったエースの凱旋門賞挑戦、12月の香港が関係してくるとさらに難しくなる。みんながステイゴールド産駒のようにタフで、なおかつ、6月のタフな芝コンディションを好むわけではない。
ウインバリアシオンは、どこからみても好調と映った。こういう馬場も歓迎のはずだった。しかし、最初から行きっぷりが悪かったためだろうが、ペースが上がる前に自分からスパートして出るはずが、待っているうちに逆にペースが上がってしまった。陣営は、「阪神の馬場が合わなかったとしか……」。凡走の原因がまだ特定できないが、結果として、激走した天皇賞(春)がピークだったか、の難しさも残った。
ジェンティルドンナは、新馬を含め、2カ月以上レースが開くと、これで【1-3-1-3】。たった1勝だけ。間隔が短いと【8-0-0-0】。今回はいつにも増して入念に、かつ強い調教をこなしたが、使って本番快走の形から抜け出すことはできなかった。そのうえ、2200m2分13秒台のパワー優先の馬場も合わなかったろう。狙いを定めたのが前回のドバイであり、そこに、もうムリだという体勢から「不可能を可能にした馬の次走は危ない」の金言が重なってしまった。
メイショウマンボも今回こそは完調に近いと思えたが、この牝馬も、半信半疑の前走で「やっぱりメイショウマンボには素晴らしい能力がある」と認識を改めさせたあとだったから、良く見せながらも、牝馬だけに快走の目に見えない反動があったのだろうか。
ホッコーブレーヴは、うまくコースロスを避けてインで息を殺して直線に向いたが、追い出しを図ったゴール前200m、両側から厳しく挟まれてしまった。この時期だから、「最内とはなぁ…」。枠順決定後に思わず陣営が感じた不安がその通りになってしまった。この馬は残念。
一方、伏兵
カレンミロティックの好走は立派。叩きあげたしぶとい粘り腰が厳しい条件でフルに発揮された。流れと追い込みにくい馬場を読んで、スタート直後から早め早めに動いて出た好騎乗である。時の勢いに乗るハーツクライ産駒は、ウインバリアシオンだけではなかった。