ふと頭に浮かぶことがあります、いつも。競馬は勝負の世界ですから、「全勝」「不敗」の成績ほど素晴らしいことはありません。
日本でも不敗の名馬がいて、その代表的ダービー馬としてトキノミノルの名前は、シンボリックな存在です。昭和26年(1951年)に10戦全勝でダービーを勝ち、その17日後、破傷風による敗血症のためその華々しい生涯を閉じ、その死を悼んで作家の吉屋信子さんが「あの馬は、ダービーをとるために生れてきた、幻の馬だ」という一文を寄せたことは、今日でも語り継がれています。
このダービーのレース・シーンは、NHKのラジオ中継で聴いていて、記憶していました。たまたま、プロ野球中継の中に挿入されたものだったと思いますが、初めて耳にした競馬中継でした。
そのトキノミノルが、不敗の名馬として今でも語られていることに、不思議なめぐり合いをいつも感じていたのです。
それから10年の月日が流れ、今度は自分が競馬の世界で仕事をするようになっていました。トキノミノルの岩下密政騎手に、実際に話を伺う機会に恵まれ、再び、あのダービーがよみがえったのです。
9戦不敗で迎える日本ダービー。ところが右前に裂蹄を発症し、3日前の追い切りでは、「指示どおり強く追う自信がなかった」ということで、それをかばって、直前には左前脚が熱をもち、この知らせを聞いたオーナーの永田雅一さんは、「ファンの期待も大きい。それだけに、不安をかかえて出走させなければならないという気持ちは、なんともいえないものがある」と語ったそうです。
本番では岩下騎手は、不安からのがれるように積極的に走らせ、坂下から一気に逃げ込みを策し、レコードタイムで10戦10勝の栄光のゴールに躍り込んだのです。トキノミノルがよみがえるこの時期、「不敗」伝説の中にあった競走馬のはかなさを想うのです。