馬術や競馬をエレガンスの象徴と捉えて後押ししているロンジン社
ロンジン社と馬との間には年月にして既に135年以上に及ぶ縁がある
東京のジャパンC、中京のチャンピオンズCが終わると、国際競走の舞台は日本から香港に移り、10日夜にハッピーヴァレイ競馬場で国際騎手招待競走、14日にはシャティン競馬場で香港国際競走が行なわれる。
前記した4つのレース/イベントのうち、チャンピオンズCを除く3つの後援企業となっているのが、スイスの時計メーカー・ロンジン社だ。
同社の設立は1832年。ロンジンのウェブサイトを見ると、1878年、馬上にありながら時間を計測することを求められた乗り役たちのために、ストップウォッチ機能のついた時計の生産を始めたことが、同社と馬との最初の関わりと記されている。
馬の上で時間を計ると言えば、私たち日本の競馬ファンはすぐに、競馬の追い切りで時計を測定する乗り役を想像しがちだが、欧州では今も追い切り時計の計測がそれほど一般的ではないことを鑑みれば、当時ロンジンが開発したのはおそらく、定められた経路を規定時間内に走破しなくてはならない馬術競技の騎乗者の求めに応じたものと推察される。いずれにしても、ロンジンと馬との間には、年月にして既に135年以上に及ぶ、浅からぬ縁があるのだ。
1912年、スイス連邦体操競技大会において、ロンジンは公式時計記録係としてイベントを後援。この時、こうした大会としては史上初めて、ロンジンが開発した電気機械式装置によって時計計測が行なわれ、おおいに世間の注目を浴びることになった。すなわち、スポーツイベントの後援企業としても、ロンジンは老舗なのである。ちなみにロンジンは1952年、ノルウェーのオスロで開催された第6回冬季オリンピックで公式記録計時を担当。以降、夏冬あわせて14回にわたってオリンピックにおける計時を委ねられている。
馬と縁があり、しかもスポーツ競技の後援に熱心とあれば、当然のことながら生じるのが馬術競技大会の協賛で、1926年にスイスのジュネーヴで開催された国際馬術大会で、ロンジンは公式計時を担当。これを皮切りに、欧州選手権のみならず世界選手権でも、馬場馬術・障害馬術で計時を担当する機会が増えていった。
それでは、競馬の冠スポンサーとしての歴史も古いかと言うと、実はそうでもない。
そもそも、競馬発祥の地イギリスで、競馬のレース名に初めて冠スポンサーの名がついたのは、1957年に創設された「ウィットブレッド・ゴールドC」だった。競馬の長い歴史を考えると、レースが企業によってスポンサードされるようになってからの歳月は、極めて短いのだ。
競馬に冠スポンサーを、という概念は、テレビ放送の発展とともに芽生えたと言われている。英国でテレビに関する法律が制定され、コマーシャル放映が認可されたのは1954年のことだったが、当時も今もテレビCMというのはなかなかに高額で、そこから企業が着目したのが、テレビ放送で映る被写体をスポンサードするという考え方だった。賞金を供出して冠スポンサーとなり、レース名に企業名が入れば、実況アナや解説者は企業名を連呼し、場内に設置された企業名入りのバナーやボードが折りに触れてテレビ画面に登場。更には、レースの結果を報じる新聞や雑誌にも漏れなく企業の名が登場するという、誠に効率的な宣伝を、CM枠を買うよりは安価で行なうことが可能だったのが、競馬の冠スポンサーだったのだ。
さて、肝心のロンジンが、馬術の大会や競馬のレースに協賛企業として大々的に参画するようになったのは、ここ10年ほどのことである。
1992年のオリンピック・バルセロナ大会障害馬術金メダリストのヤン・トップスの提唱によって、2006年にスタートした「グローバル・チャンピオンズ・ツアー」を、ロンジンが後援。世界最高水準のライダーたちが高額賞金を目指して世界各地で戦うツアーは、興行としても大成功を収めることになった。
そして2013年、ロンジンは世界馬術連盟(FEI)と、向こう10年にわたる「トップパートナー契約」を締結。世界各地の様々な馬術大会の会場が、ロンジンのコーポレートカラーであるブルーに染まることになった。
同じ2013年の6月、ロンジンは馬術界と同じ戦略を競馬界でも駆使。国際競馬統括機関連盟(IFHA)のオフィシャルパートナーとなり、同時に、IFHAが取りまとめを行なっていた「ワールド・ベスト・レースホース・ランキング」のオフィシャルスポンサーとなる契約を締結。それ以前にも、例えば香港国際競走を2012年からスポンサードするなど、各国の主要競走を個別に後援するケースはあったものの、統括団体の総本山とタッグを組むことで、いよいよ競馬の世界にも本格的に参画することになった。
そして今年、ロンジンは日本のジャパンCの公式パートナーとなった。
JRAはこれまで、原則として民間企業によるレースのスポンサードを認めて来なかっただけに、今回の契約締結のニュースに接し、筆者は少なからぬ驚きを覚えた。
JRAもさすがに、レース名を「ロンジンC」とするところまでは譲らなかったが、これをきっかけにして、将来の冠スポンサー導入に前向きになるのだとしたら、朗報と言えよう。
“Elegance is an attitude=エレガンス、それは私の意志」を企業としてのテーマに掲げ、馬術や競馬をEleganceの象徴と捉えて後押ししているのがロンジンだ。
企業からの投資を得て、競馬が持つエレガントなイメージが前面に出ることは、競馬の主催者にとっても好ましいことで、ことに今もって競馬に負の印象を持つ層が少なくない日本では、こうした企業の出現は、競馬を改めてマーケティングする好機と言えよう。
それだけに、今年のジャパンCとのコラボを、ロンジン側がどのように評価しているか、おおいに気になるところである。