最後のグランドナショナル騎乗となる“レジェンド”トニー・マッコイ
例年以上に目の離せないグランドナショナル
世界で最も多くの人間が観戦する競馬と言われるG3グランドナショナル(芝35F110y=約7,141m)が、11日(土曜日)にエイントリー競馬場で開催される。
話題の中心にいるのは、ブックメーカー各社が7〜8倍のオッズを掲げて1番人気に推しているシャットザフロントドア(セン8、父アコーディオン)だ。メディアが連日のように取り上げているのは、シャットザフロントドアというよりも、土曜日にこの馬の手綱を握る男である。グランドナショナルの本命馬に騎乗するのは、今季限りでの現役引退を既に表明し、従ってこれが最後のグランドナショナル騎乗となる、“レジェンド”トニー・マッコイ(40歳)なのである。
5日の競馬を終えた段階で、今季ここまで228勝を挙げ、2位のトム・スキューダモアに80勝以上の差をつけて英国リーディングを独走。このままシーズンを終えれば、20年連続リーディング獲得という空前絶後の大記録を達成するのがトニー・マッコイだ。5日現在の通算勝利数が4354勝。障害騎手歴代第2位のリチャード・ダンウッディの勝利数が、マッコイの半分以下の1699勝という数字を挙げれば、マッコイの存在がいかに傑出しているかがおわかりいただけよう。
マッコイが、英国競馬史に出現した最高の障害騎手であることは言わずもがな、彼が引退を表明して以降、メディアを賑わしているのが、マッコイはあらゆる競技種目を通じて史上最高のスポーツ選手ではないか、との議論である。いわく、20世紀前半に出現したクリケット選手で、52試合を戦ったテストマッチを通じて99.94という途方もない打率を記録したドナルド・ブラッドマンと比較され(ちなみにテストマッチの通算打率第2位は、グレイム・ポラックという選手の60.97だそうだ)、ドナルド・ブラッドマンとトニー・マッコイはどちらが偉大かという、日本に置き換えれば大鵬と巨人はどちらが強いかを問われるに等しい、答えが出るわけがないが、しかし妄想するには非常に楽しい命題の、片棒を担がされる事態となっている。
トニー・マッコイとはそういう存在で、そしてグランドナショナルというスポーツイベントが英国社会でどれだけ大きな地位を占めているかを考えれば、市民たちが寄ると触ると「マッコイ最後のグランドナショナル」について語りたくなるのも無理はないのである。
現段階でこそ7〜8倍というオッズで落ち着いているものの、グランドナショナルが近づくにつれて、記念の品としてマッコイの単勝馬券を買い求めるファンが増えるであろうから、真っ当な賭けが成立するかどうか、ブックメーカー各社はおおいに懸念している。
マッコイが騎乗するシャットザフロントドアは、愛国産馬。準重賞を含めてハードルとスティープルチェイスで12勝した他、重賞入着が6回あるストロングパーフェクトの半弟にあたる。10年6月にタタソールズアイルランドが主催した障害馬セールに上場され、エージェントのジョン・オバーン氏が3万ユーロで購入。ジョン・P・マクマナス氏の所有馬となって、ジョンジョ・オニール厩舎に入厩した。
4歳秋にデビューし、11/12年シーズンはナショナルハントフラントを3戦して3連勝。12/13年シーズンからハードルを走り、5戦3勝。13/14年シーズンからスティープルチェイスを走り始め、14年のチェルトナムフェスティヴァルでは準重賞アマチュアライダーズノーヴィスチェイス(芝32F)に出走して4着。続いて、愛国のフェアリーハウスで行われたアイリッシュグランドナショナル(芝29F)に挑み、見事に優勝を飾り初のメジャータイトルを獲得している。
今季緒戦となったのが、11月10日にカーライルで行われたグラジュエーションチェイス(芝24F110y)で、シャットザフロントドアはここを8馬身差で快勝。これ以降、実戦からは遠ざかっているが、グランドナショナル一本に目標を絞って調整されており、仕上がりは万全と伝えられている。
各社10〜11倍のオッズで2番人気に推すのが、2月21日にケンプトンで行われたG3ベットブライトチェイス(芝24F)を6馬身差で制して3度目の重賞制覇を果たしたロッキークリーク(セン9、父ドクターマッシーニ)。10〜13倍のオッズで2〜3番人気に推すのが、昨年のグランドナショナル2着馬で、今季ここまでクロスカントリーチェイスを2戦2勝と年齢的衰えを感じさせないバルサザールキング(セン11、父キングズシアター)と、2頭が2番手グループを形成している。
果たして、トニー・マッコイのためのグランドナショナルとなるか。それが現実のものとなった時、場内はいったいどんな雰囲気に包まれるのか。例年以上に目の離せないグランドナショナルとなりそうだ。