一週遅れの話になるが、ハルウララのてん末。3月22日、高知競馬「YSダービージョッキー特別」に出走した彼女は11頭立て10着と敗れた。記者は開催中の船橋競馬場でモニター観戦。この日船橋は冷たい雨、最高気温6度、真冬並みの寒さだったが、発売窓口に主婦然とした女性客なども並び、普段の月曜日とは明らかに違うムードがあった。ほぼ互角のスタートで出たハルウララ。しかし1コーナー、向正面、さらに3コーナーとじりじり位置取りを下げてしまう。直線、鞍上が懸命に手綱を励まし殿り負けだけは免れた。全国ネットのラジオ実況中継が流れている。「ハルウララ、走って負けて愛されて、これで106連敗!」。事実はもう曲げようがない。すべてアナウンサー氏のおっしゃる通りだ。
武豊騎手の記者会見。「ダービーを勝ってもこんな(たくさんの)フラッシュはありませんよね」。「小さくて可愛い馬。乗り心地は悪くなかった。ひそかにいい結果を期待していたんだけど…」。しかし彼はブービー負けにもかかわらず、ハルウララを軽いキャンターで一周させ、ファンの拍手と歓声に応えてみせた。「みんながこの馬を見たいと思って競馬場に来ている。勝っても負けてもこれは最初に決めていました…」。さりげなく爽やかな笑顔の中に、謙虚さとやさしさ、細やかな心配りがにじみ出ている。本物の一流とはやはりこんな人をいうのだろう。
さておき今回のハルウララ。馬券が全国区で発売され、そのオッズもいささか異常で、競馬の持つ“優勝劣敗”のテーマとは大きく反する、ドラマ、イベントが筋書き通り進行した。さまざまな感じ方がある。記者はどちらかといえば否定的で、「映画シービスケットと対極にあるヘンな話」などと、先月当欄で書いた。しかしいざその日、何の屈託もなく応援する地元高知ファン、各地場外の盛り上がりなどを見てしまうと、また違う思いも出てくる。「勝つもよし、いつものように負けるのもよし」、そう地元ファンはしみじみとインタヴューに答え、船橋モニター、記者の隣りで観戦していた年配のファンは「追い込み馬だし、ニッポーテイオーの仔だから道悪は苦手(?)なんだよ」とため息をついた。
馬券が売れた。当該レース5億1千万円。同日ディバインシルバーが勝った統一G「黒船賞」のおよそ2倍で、合わせた1日総売り上げ8億7千万円。しかし何より驚いたのは、ハルウララの単勝馬券だけで1億円以上を売り上げた事実である。発売窓口の雰囲気、事情から推して一部の大口投票とは考えにくい。おそらく一人百円単位での積み重ね。勝てないと思うけれど勝ってほしい…好きな馬に一票を投じる、いわゆる心情馬券とも大きく違う。この心理をどう表現したらいいか言葉に迷う。判官びいきというほどカタくはないし、洒落というほどさめてもいない。強いていえば「遊び心」、そんなところか。ただし遊び心とは、ある意味“やさしさ”とも通じている。「アタラナイお守り」、そういう声もよく聞いた。まあ別にそれでも悪くはない。
累積88億円、1年4半期ごとに損益をチェックされ、赤字になった時点で廃止されるという高知競馬。今回当地売り上げレコードを記録したものの、主催者(競馬組合)の収益は、場外発売の経費も差し引くと、焼け石に水…が実情らしい。大盛況を呼んだ数々の“グッズ”も、基本的にオーナーの収益ということ。ただハルウララは、当面やはりジャンヌダルクではあったと思う。このフィーバーが全国に高らかと報じられ、ニュースに橋本大二郎知事が好意的なコメントを送ったとなれば、そう簡単に競馬の火を消せないのである。まあしかし欲をいえば、というか短絡的には、ハルウララがここで勝ってしまえば、競馬組合としては局面もっと助かったかもしれない。オッズ1.8倍。たぶん払い戻す人はほとんどいない。丸儲けになった。
「ハルウララ問題」は、それを真剣に考えようとすれば、実際どうしようもない矛盾を含んでいる。強い馬を作り、育て、走らせ、勝負に勝つ…本来の目的、テーマとまったく相反しながら、しかしこれが競馬ファンだけではなく、多くの日本人の心を癒した事実。わからない。いやわかる部分もあるのだが、やはり簡単にうなずけるものでもない。こんがらかってきた。一つだけ書く。ハルウララ現象は、あくまで瓢箪から駒…の産物であり、主催者、関係者が倒錯してはならないということ。
船橋にラックサウンドという馬がいる。父トレボロ、牡9歳。デビューから[7-8-13-114]、重賞にも何度か出走したA級馬だが、現在74連敗を記録中。それがこの3月30日川崎「弥生特別」を最後に、今度は高知へ移籍して走り続けるという。ハルウララ嬢と較べ、さてどちらがより愛すべき存在なのか。
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3月24日船橋「ダイオライト記念」。ミツアキタービンが文句なしの強さで初タイトルをモノにした。マイペースで逃げるカネツフルーヴの2番手をスムーズに進み、直線を向いて早めのスパート。残り1ハロン、一気に抜き去るとあとは独走。激しい2着争いを尻目に最後5馬身差をつけている。体全体を使ったしなやかなフットワーク。ユートピア、ビッグウルフ、ナイキアディライト、既成勢力の不振で低レベルを云々された現4歳世代だが、これでどうやら本物の“核”ができた。「松永さん(フルーヴ)が気持ちよく逃げていたので、それを目標に仕掛けました。それにしても強かった」と東川騎手。前走フェブラリーS4着。忙しいマイル戦の直後で心配された折り合いも、終わってみれば杞憂だった。ライブリマウント×スイフトスワロー、言わずもがなタフで頑健、本格派のダート血統。今日の走りを見る限り、本質はステイヤーに近いだろう。
ダイオライト記念(サラ4歳上 定量 統一G2 2400m不良)
◎(1)ミツアキタービン (56・東川)2分30秒2
△(2)イングランディーレ (56・蛯名)5
○(3)ジーナフォンテン (54・張田)3/4
△(4)カネツフルーヴ (56・松永幹)2.1/2
▲(5)レマーズガール (54・武豊)首
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(7)イシノファミリー (56・山田信)
△(8)シュイベモア (56・今野)
△(12)ペルフェット (56・横山典)
(14)マキバスナイパー (56・左海)
単200円 馬複620円 馬単940円
3連複2730円 3連単7080円
ミツアキタービンは2歳秋、上山デビュー。そこでJRA認定競走を勝ち東海・笠松へ移籍した。ここ数年よくみられるJRA挑戦を視野に入れた戦略だが、自身は比較的遅咲きで、存在感を示したのは昨年10月盛岡「ダービーグランプリ」から。そこでユートピア、ビッグウルフに続く3着。以後JBCクラシック5着、平安S6着、フェブラリーS4着と、一歩一歩頂点へ近づいていた。スピード、瞬発力、競馬センス、一戦ごとに磨かれていく印象で、いかにもバランスのいいタイプ。田口調教師は次の目標を「帝王賞」と明言した。むろん最有力馬の1頭になる。
イングランディーレは17キロ増。そのせいか前半行きっぷりがひと息だったが、最後は手応え以上の力強い伸びで貫禄を示した。芝、ダート、それぞれ重賞2勝、生粋のステイヤー。今季もフルシーズンの活躍が期待できる。ジーナフォンテンは3コーナー手前から外々を動き、直線いったん先頭争いに加わった。イングランディーレとは牡馬=牝馬の差、加えて距離が気持ち長いか。これでJRA移籍という話だが、正直残念。勝負根性という点では名牝の域にも遠くなかった。カネツフルーヴは結果として新旧交代だが、船橋コースは不思議なほど道中折り合いがつく。ある意味ミステリアスな勝負運を持ったロジータの仔。今後も長距離中心にレースを選んで使うことになるだろう。レマーズガールは「道悪のせいでしょうか。今日は最初から気分の乗らない走りでした」(武豊騎手)。気ムラな面が出たか、あるいは力負けか、この一戦だけでは判然としない。