▲今回のテーマは夏。「競走馬の熱中症問題」と夏の格言「夏は牝馬を狙え!」に関する最新情報をお届け!
前回はドゥラメンテを例に「3歳馬の骨折」について教えていただきました。今回のテーマは、ズバリ「夏」です。猛暑が続き、一層厳しい今年の夏。熱中症に関するニュースがテレビなどで度々報じられますが、競馬の世界はどうなのでしょうか。「競走馬の熱中症問題」と、夏の格言「夏は牝馬を狙え!」に関する最新情報をお届けします。(取材:赤見千尋)
(つづき)
東京オリンピックへの危惧
赤見 今年の夏は本当に暑くて…、人間の熱中症がすごく問題になっていますが、馬も熱中症になるんでしょうか?
高橋 馬の熱中症も、人と同じようにあります。特に熱中症が多かった2010年2011年を例に見ると、2010年が年間で47頭、2011年が45頭発症しています。これは少ない年の倍以上という数値になりますね。時期としては4月5月くらいから発症する馬が出始めて、6月や7月がピークになることが多いんです。
赤見 8月が圧倒的に多いのかなと思ったら、意外とそうでもないんですね。
高橋 ええ。人もそうなんですけど、暑くなりかけの時が一番なりやすいんだと言われていますね。暑さに慣れていないので、急に暑くなると発症しやすいんだと思います。場所別に見ていくと、涼しいイメージのある函館でも案外あるんです。あとは、新潟ですとか、9月の中山阪神開催も多いですね。東西のトレーニングセンターでも、調教中に暑くなって倒れてしまったりする馬もいるんです。
赤見 馬は人間よりも体温が高いですし、さらに暑さに弱いんでしょうか。
高橋 弱いでしょうし、目一杯走って体温が上がっているというのもありますよね。運動中の血液温度を測る実験があるんですけど、冬場に全力疾走しても41度くらいまでしか上がらないんですね。でも、夏場では43度を超えてきます(安静時の体温は37〜38度)。恐らく、筋肉はもっと高いと思いますね。
赤見 ギリギリの状態でレースから上がってきて、そのまま倒れてしまうという感じですか?
高橋 いえ、レースの直後にはあまり倒れなくて、少し時間が経ってからですね。京都の地下馬道、中京の診療所付近というのが結構多いです。レース直後で興奮していたのが、だんだんと冷めてきて体の異変に気がつくとか、走ってから少し後に体温上昇が来るので、さらに体温が上がって倒れてしまうということなんですよね。
赤見 症状は人間と同じですか?
高橋 馬は吐くことができないのと、熱痙攣とかつっちゃうようなこともないですね。呼吸が速くて汗を大量にかいて、不快な表情をして腹を蹴ったりするというのが多いですね。ひどい場合は倒れてしまいます。意識はあるんですけど、動けない状態になりますね。
赤見 あまりにひどいと、死亡することも?
高橋 そこまで行くケースはめったにないんですが、人間と同じであまりにひどい場合はですね。処置としては、倒れてしまったら動かせないので、体に水をかけて熱を逃がしてあげるというのが大体の手段です。起きたらエアコンの効いた診療所の部屋に入れて様子を見たり、あとは点滴をして血液温で体温を下げていきます。
赤見 何を打つんですか?
高橋 乳酸リンゲルという補液剤になります。トレーニングセンターで疲労回復の注射を打つときに使うものです。それを室温で点滴をすることで血液の温度が下がって、体温も下がるということですね。
ここ数年、35度を超える日が増えていますので、馬の熱中症も増えくると思います。心配なのは、東京オリンピックですね。日本の競馬馬はある程度は慣れていますけど、海外から来るオリンピックに出場する馬たちとなると…。
赤見 一番暑い時期での開催になりますもんね。
高橋 お台場と馬事公苑での開催ということですからね。野外でしたらミストとかの対策を非常によくやらないと、倒れる馬が続出するんじゃないかなと危惧はしているんですけども。
過去に、馬術で熱中症が話題になったのは、アメリカのアトランタオリンピックの時だったんです。アトランタは高温多湿なので、ヨーロッパの馬が倒れないか、だいぶ研究はされたんです。
赤見 そういう意味では、オリンピックは研究が進むきっかけになりますね。
高橋 まさにそうです。この時の研究成果として、分厚い英語の論文集が1冊できたくらいですよ。対策としてはちょっと気長なもので、1か月前に現地に入って慣らせるとか、そういうものになっています。東京オリンピックも、これから具体的な対策を考えていくんだと思います。
夏は牝馬を狙え!冬は牡馬を狙え?
高橋 もうひとつ夏に関することで、よく「夏は牝馬を狙え」と言われますが、それを裏付けるデータが出たんです。この資料、牝馬限定戦を除いた複勝率の推移なのですが、牝馬の複勝率が夏に上がるというのが出ました。
▲表(1) 牝馬限定戦以外の複勝率
赤見 ダートも芝も、5%くらいアップしていますね。
高橋 ええ。これまで、要因として言われていたのが、ローカル場は平坦小回りなので、力のない牝馬でも勝てるということでしたから、4大場とローカル場を分けて調べてみたんですけど(3歳4歳以上、牝馬限定戦以外)、両方とも同じ傾向なので、場所が原因ではないと考えられます。
▲表(2) 牝馬限定戦以外、3歳上、4歳上競走のみ対象の複勝率
もうひとつ、一線級の牡馬が休養しているので牝馬でも勝てるという考えもありましたので、2歳3歳の新馬未勝利戦のみで調べたんですけど、やはり同じような結果になりました。
▲表(3) 牝馬限定戦以外、2歳、3歳新馬・未勝利競走のみ対象の複勝率
赤見 基本的にサラブレッドは冬、寒い所のほうが体調を整えやすいと考えていいんですかね?
高橋 もともと草原地帯に生息していて、そこは暑くはならない所ですので、寒いほうが得意だと思いますね。ただ、牝馬の方が暑さに強いとか、性差と暑さについては調べたんですけど、なかなかデータとしては出ていないんです。
ひとつ仮説として考えられるのは、この時期、牝馬は発情の期間なんですね。繁殖の専門家によると、6月くらいに発情がピークになり、9月くらいまで発情の周期は回っているそうなんです。
赤見 9月まで続くんですか!? てっきりもっと早く終わるのかと思っていました。
高橋 そうですよね。私ももうちょっと早いんじゃないかなと思ったんですけど、どうもそうではないみたいです。発情周期が回っていて卵巣が活動しているのが、穏やかながら9月頃まであるとしたら、その影響というのも考えられるのかなと思っています。
それには、ホルモンが関係しているのかなと思うんですよね。性差の基本はホルモンが違うということなんです。なので、この結果を見る限り、発情周期が回っているほうが出せる能力が高まるのかなという気がしています。
赤見 牝馬の発情は、競走能力を下げるイメージでした。よく、今フケだから〜的なことを耳にしますので。
高橋 発情とフケはあまり関係がないようです。発情周期が回っている中で、発情している状態と競走能力の関係についてははっきり分かりません。
赤見 私のイメージなんですけど、牡馬は使いながら徐々に良くなっていくけども、牝馬はいきなり良くなることが多い気がするんです。
高橋 たしかに、牝馬は劇的に変わることってありますからね。先ほどの表(3)をもう一度見ていただきますと、2歳の7〜9月から3歳の7〜9月までの1年測定していまして、ちょうどデビューする頃の2歳の7〜9月は、牡馬も牝馬もあまり差がないんですよね。そこから、牡馬はあまり変動がないのに対して、牝馬は2歳の冬から3歳の春にかけて、下がるんです。それだけだったら早熟だという可能性もあるんですけども、3歳の7〜9月に盛り返してきて牡馬に接近しているという、そこがポイントなんですよね。
赤見 1年を通じて見て見ると、季節的な変動として見えてくる。
高橋 そうなんです。ちなみに、競走馬全体として見ると冬は足が鈍くなって、夏の方が速く走れることがわかっています。牡馬牝馬問わず、総じて2月ぐらいが底になって、7〜9月が一番速く走れるんですね。
▲表(4) 5歳以上の競走馬において、年齢、競走条件、開催場、および距離の影響を考慮したときの走行速度と季節の関係(芝1200m、1400m、1600m、1800m、2000mのデータを使用)
なので牡馬も、能力的には夏場にかけて走るスピードは上がるんですけども、牝馬の方がより顕著に上がるという感じなんです。逆に、牡馬は冬場でも走る能力の落ち込みが少ないんですね。
赤見 なるほど。牝馬は落ちているところからの反動だから、夏場の上がりが大きいということなんですね。やっぱり、夏の牝馬は侮れない! 一方の牡馬は、1年を通すと波が少ないんですね。
あの、これもまた都市伝説ですけど、馬の毛色ではどうですか? 黒い馬は太陽光を集めるから夏場に弱い、逆に芦毛などの白い馬は比較的強いんだという話を聞きますが?
高橋 暑さの得意不得意に、毛色の違いでの差はないと思います。ちなみに芦毛も、他の毛色の馬と同じで、皮膚は黒いんですよ。
赤見 えっ? 黒いんですか? ピンクじゃないんですか??
高橋 いやいや、真っ黒ですよ。ピンクなのは白毛ですね。白毛は色素がないのでピンクなんです。
赤見 まやかしの白だったとは…。知らなかったです。(つづく)