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手入れの達人! ゼンノロブロイの担当厩務員・川越靖幸さんの信念

  • 2015年10月27日(火) 18時00分
川越靖幸さん

川越靖幸さん



手入れは、馬を引き立たせる最も身近な方法


 ゼンノロブロイやゼンノエルシドなどの担当厩務員として、GI4勝、重賞14勝を挙げている川越靖幸さん。現在は競馬の世界を離れ、馬のグルーミングインストラクターとして活動しています。今回は、第1回グルーミング教室を終えた直後にお話を伺いました。

赤見:まずは、第1回のグルーミング教室を終えての感想を教えて下さい。

川越:グルーミング、手入れというのは今まで当たり前にやってきたことなので、それを人に教えるというのは不思議な感じでした。乗馬クラブでも、例えばブラッシングのやり方を細かく教えたりはしないということで、みなさん熱心に聞いて下さってとても感謝しています。

赤見:川越さんがグルーミングした馬は見違えるほどピカピカになりましたね。今回教室を開いた経緯というのは?

川越:このクラブに遊びにきた時に馬の手入れをやらせていただいて、周りの方から「馬がとてもキレイになったから、他の方にも見せて欲しい」と言われたのがきっかけです。

赤見:最初にグルーミング教室のお話があった時には、あまり乗り気ではなかったと伺いました。

川越:そうですね。最初はやりたくないと思いました。競馬の世界を辞めたばかりの頃は、二度と馬に携わりたくないと思ったんです。でもやっぱり馬が大好きなことは変わらないので。クラブで馬と触れ合っていると手入れがしたくなるし、その姿を見てみなさんが喜んでくれるのならば、ぜひやらせてもらいたいなと思ったんです。

川越靖幸さん

手入れの実演。最初は蹄の汚れを落とす


川越靖幸さん

汚れている部分を金グシで丁寧に落とす


川越靖幸さん

プロの手入れを真剣に勉強する生徒さんたち



赤見:川越さんは厩務員時代、ゼンノロブロイ、ゼンノエルシド、マチカネキンノホシ、ウインラディウス、タイキマーシャル、フライングアップルなどなど数々の名馬を手掛けてきました。その川越さんが定年をだいぶ前にして競馬界を去った時には衝撃を受けました。

川越:辞める時は迷いませんでしたね。迷ったら、多分辞めてないです。もうちょっとやっていたかったなっていう気持ちもあるけど、後悔はしてないです。辞めなきゃわからないこと、外から見て初めて気づくこともありますから。

赤見:競馬界を外から見て、思うことはありますか?

川越:ちょっと淋しいなって思いますね。どうしても高額な馬にばかり注目がいって、勝つことばかりが注目される。本当に大事なところを見失っている部分があると思うんです。2億3億で落札されましたって、それだけが話題になるのはちょっと違うんじゃないかなって。

赤見:そういう意味合いが濃くなって来たからこそ、この世界を離れたんですか?

川越:そうですね。高馬買ってって手っ取り早いじゃないですか。最短距離で行くっていうのが僕には受け入れられなかったんです。馬たちと日々密接な関係を築いて行って、一つになって競馬に向かって行くという経験は宝物ですよ。でも今はもう入厩したらすぐ競馬に行って、またすぐ放牧でしょう。僕と馬との関係が深くなくても勝ってお金がもらえるっていう、そういうシステムになってしまったことは、僕にとっては淋しいです。たまに北海道の田舎に帰ると、同級生とかが牧場やってて、「たくさんお金が入ったろ」っていうことしか言われないんですよ。それってなんか、僕の評価にはならないんだなって。「よく頑張ったな」って言われたら嬉しいけど、「たくさんお金入ったな」っていうのは、そんな基準だけで見られてるのかなと思うと悲しかったです。

 厩務員を辞める時には、「何で辞めるんだ?もったいない」って言ってもらいましたけど、今は楽しくやってますよ。こうやって馬たちの手入れができるし、手入れは好きだから、好きなことができるっていうのは本当に有難いです。

赤見:厩務員さんのお仕事の中でも、手入れって毎日のことでとても大切ですけど、競馬の勝ち負けからは見えない部分ですよね。

川越:手入れは、馬を引き立たせる最も身近な方法だと思います。馬を主役にするためには、手入れ抜きではできないですから。体をピカピカに磨き上げるということも大切ですが、体に触りながら、声を掛けながらブラッシングすることで、コミュニケーションをはかることができる。触っていると馬はこちらのことを理解しようとしてくれるので、そうするとこちらも楽しくなるんです。毎日そういうことを経験できるのは面白いし、体調の変化もわかるようになります。日々接していると、馬屋に入った時に一発でわかりますから。

赤見:本日のグルーミング教室は約1時間半行われましたが、その中でも1時間近くを掛けてブラッシングの指導をしていましたね。ブラッシングの奥深さを改めて知りましたけれども、水やお湯を掛けて丸洗いした方が早くないですか?

川越:洗って綺麗にするのは誰でもできるんですよ。でもサラブレッドは人間とは違いますから、特に寒い時期は洗わない方がいいんです。風邪をひく原因にもなるし、洗うと寒さから体を守ろうとするから毛が伸びて美しく見えないんですよ。洗うのは暖かい時期だけでも、毎日のブラッシングでピカピカになりますよ。

赤見:川越さんはゼンノロブロイがイギリスのインターナショナルSに出走した時(2着)、手入れの行き届いた最も美しい馬に仕上げられた厩務員に送られるベストターンドアウト賞を日本人厩務員で初めて受賞されていますよね。

ゼンノロブロイ

GI・3勝のゼンノロブロイ(写真は2004年ジャパンカップ優勝時 撮影:下野 雄規)



川越:あんな賞があるなんて知らなかったんですけど、当たり前のことを毎日やっていたらもらえたという感じです。明和牧場時代から手入れの大切さは教えてもらってきて、その後一番影響を受けたのは藤沢和雄厩舎に入ってからです。藤沢先生から、イギリスの昔のホースマンは普段からネクタイをして馬の世話をしていたということを教えていただいて。馬は美しい生き物なので、それにふさわしい姿でありたいという姿勢の表れだと、とても感動しました。そういう本場で賞がもらえたことは嬉しかったです。先生も、なかなかもらえない賞だからって言って喜んでくれました。ただ、向こうに行ってもゼンノロブロイっていう馬は抜けて美しい馬だったので、どこに行っても恥ずかしくないだろうなとはずっと思っていました。

赤見:ゼンノロブロイはどんな馬でしたか?

川越:美しくて気品があって、ザ・サラブレッドという感じでした。初めて馬を見たのは検疫馬房に迎えに行った時なんですけど、馬房の並びで何頭も馬屋から顔を出しているじゃないですか。その前を通り過ぎて行く中で、「お!なんだこの馬!」ってなりましたから。何百頭いても目立つし、振り返って見るくらい目を引く馬でした。

赤見:4歳の秋に一気に強くなったイメージがあります。

川越:もともといいものがあったんですけど、若駒のうちは上手く引き出せなかったんです。少しずつ丈夫になっていってくれて、それで4歳の秋に開花しました。何よりも、無理せずに馬に合わせて時間を掛けた、待ってあげられたことが大きいです。

赤見:競走馬は、なかなか待つのは難しいですよね。

川越:そこは藤沢先生の得意なところです。普通はそれができないんですよね。どうしても数字で決められてしまう世界なので、待つのは本当に難しい。でも本物に出会った時にはしっかりと待ってあげないと、せっかくの才能も育たないですから。

赤見:数々の重賞を制して、特にゼンノロブロイとは世界まで行って。頂点を極めた、その後のモチベーションの維持というのはいかがでしたか?

川越:それは変わらなかったです。だってロブロイのような馬は珍しいけど、未勝利でも、どんな馬でも必ず良くなるっていうのを僕は知っていますから。たとえ勝てなくても、ものすごく良くなる、ガラっと変わる時期があるんです。

赤見:馬を育てる上での、一番の醍醐味ですね。

川越:そうですね。競馬ファンの中でも、強い馬だけが好きという人ばかりじゃないじゃないですか。ゆかりの血統とか、何かのきっかけで1頭の馬を追いかけている人がたくさんいる。そういう方にはわかると思います。たとえ勝たなくても、「アイツ、今日はすごく調子がいいな」とかって、感じると思うんです。ただどうしても勝ち負けで評価されちゃうから、それを感じる機会は少ないんですよね。勝ち負けだけでやっていたら、最終的につまらなくなってしまうと思うんです。そういうのを知ったら本当に面白いですよ。

川越靖幸さん

川越靖幸さん「勝ち負けだけでは最終的につまらなくなってしまいます」



赤見:川越さんにとって、馬に対する信念というのは?

川越:藤沢先生から「馬の仕事をする人間は、靴の中に入った小石を気にするくらいじゃないとダメ」と言われました。靴の中に小さな小石が入っても気にしないで歩き続ける時があるでしょう?でも、たとえどんなに小さな小石でも、そのたびに立ち止まって靴を脱いで小石を取る、それくらい丁寧に丁寧に接するっていう意味で。深いなと思いました。今でもその教えは大事にしています。

赤見:今後の展開というのは、どんな風にお考えですか?

川越:グルーミング教室も続けていきますけど、個別に愛馬のグルーミングや、馬術大会の手入れにも力を入れていきたいと思っています。手入れにはマッサージ効果やリラクゼーション効果もあるので、そういう部分も大事にしています。手入れをするのが本当に大好きなので、馬たちにも周りの方にも喜んでもらえたら嬉しいです!
川越靖幸さん


川越靖幸 1965年北海道新冠町生まれ
JRA元厩務員で、ゼンノロブロイ(天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念)やゼンノエルシド(マイルCS)などを担当。現在はグルーミングインストラクターとして、グルーミング教室や個別グルーミング、出張グルーミングなどを行っている。釣り師としても活動し、トラウト用ルアーのネットショップも運営中。

釣りと馬 Northern Lake(ノーザンレイク)
HP:http://northern-lake.com/
ブログ:http://amemasu4023.blog41.fc2.com/

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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