アメリカの問題児(児と言うよりは、立派なオッサンなのだが)、またやってくれた。4日(日曜日)早朝のアメリカンオークス生中継を見ていたら、ハリウッドストーリーに騎乗予定だったヴァレンズエラが乗り替わりになっていたので、何があったのかと訝しく思っていたら、またもや騎乗停止処分になっていたのである。
これまで起こした薬物禍と、それにともなう騎乗停止遍歴を記せば、それだけでこのコラム3回分は必要になってくるという、清水健太郎も顔負けのクスリ漬け人生を歩んできたヴァレンズエラ。罪を償い反省すれば何度でも再起のチャンスを与えるのがアメリカという国で、取り敢えず過去ははしょってごく最近の話だけを簡潔にまとめるならば、カリフォルニア州競馬委員会が彼に対して免許の再々々々・・・交付を行ったのが、2001年12月のことだった。ただし免許交付の条件として、ヴァレンズエラには州競馬委員会が行う薬物テストを定期的に受けることが義務付けられ、その後2年ほどはヴァレンズエラもこれをおとなしく遵守していたのであった。テストを無事クリアし、クスリとも縁が切れたかに見えただけでなく、2003年には南カリフォルニア州の主要5開催すべてでリーディングのタイトルを獲得。全盛期にも劣らぬ手綱の冴えをみせていたヴァレンズエラだったが、ついにその地金が表れたのが今年の1月22日だった。この日、予定されていた薬物テストをすっぽかしただけでなく、2週間ほど関係者の誰とも連絡をとらない、音信不通の行方不明状態になったのである。さすがにこれでヴァレンズエラの騎手生命も一貫の終わりと、誰もが思ったのだが、アメリカという国の持つ寛大さは、我々の想像を遥かに越えるものだった。その後姿を現して州競馬委員会に出頭し、「妻と喧嘩して鬱状態に陥り、他人と接触できる状態になかった」との言い訳をしたヴァレンズエラ。これを鵜呑みにした州競馬委員会が、わずか4ヶ月の騎乗停止で免許を再々々々々・・・・交付することを決めた時には、同僚の騎手仲間からも「とんでもない」と競馬委員会に抗議書が届く騒ぎになったが、とにもかくにも7月に入るとヴァレンズエラは騎乗を再開することになったのである。
今回ももちろん、再騎乗に際しては厳しい条件が付けられており、騎乗停止期間中に100時間を越える社会福祉活動を行うこと、尿だけでなく毛髪をサンプルとした薬物テストを定期的に受けることなどが、ヴァレンズエラには課せられたのであった。そして迎えた7月2日(金曜日)。毛髪を採取しての薬物テストが予定されていた日。ヴァレンズエラは驚くべき暴挙に出たのであった。この日のヴァレンズエラは、頭髪をツルツルに剃りあげたスキンヘッド。そればかりか、胸毛、腋(わき)毛、腕の毛、脛毛、さらには下腹部の陰毛まで、すべて剃毛した状態で、競馬場に現れたのである。すなわち、提出すべきサンプルが無く、毛髪テストを行うことが出来なかったのであった。尿検査では薬物反応が出ず、問題なしとされたにも関わらず、なぜこのような行動に出たのかは不明。だがこれで、ヴァレンズエラにはまたまた騎乗停止処分が下ったのである。名手ヴァレンズエラ、今度こそ永久追放か。州競馬委員会の裁定に、内外の注目が集まっている。