▲週末の香港国際競走でも大活躍、写真は香港マイルを勝利したモーリスと(撮影:高橋正和)
馬が最後まできっちり伸びるのはなぜか
モーリスでマイルCSを、アルバートでステイヤーズSを制し、ジャパンCも7番人気のラストインパクトで2着。とくにジャパンC当日のムーアは、8鞍に騎乗して4勝2着1回という成績を残し、集まった10万人の観衆を前に、その技術の高さを惜しみなく披露した。
さらに、12月13日の香港国際競走では、香港マイルをモーリスで、香港ヴァーズをハイランドリールで制したほか、香港カップもヌーヴォレコルトで2着。世界が注目する国際競走で3戦2勝2着1回とは…。これはもう偉業といってもいいくらいだ(香港のレース分析はまたの機会に)。
ジャパンC当日に話を戻すと、あの日はインが伸びる馬場だった。もともと外を回すタイプのジョッキーではなく、好位の馬群のなかで運ぶのが彼の基本的なスタイル。だからあの日は、彼の巧さがより発揮される馬場だったといえる。
そもそもヨーロッパは、日本以上に馬場のいいところをチョイスしていく能力が求められる競馬だ。だから、一流ジョッキーはみな馬場の見極めに秀でているわけだが、なかでもムーアは突出した能力を持っている。内々をきっちり持ってきたラストインパクトの競馬は、まさに彼の真骨頂といえた。
▲ジャパンC、ラストインパクトを内々から2着に食い込ませた(撮影:下野雄規)
以前、このコラムに書いたが、自分が今、何年もかけて取り組んでいるのが、馬上で“ジャイロ(円や螺旋)”を描く動き。その動きの達人といえるのがまさにムーアで、実に洗練された“ジャイロ”を見せる。
一見、無駄に見える動きでも、彼の場合はすべてが無駄ではない。人によっては、彼の騎乗が美しく見えない人もいると思うが、少なくとも馬はものすごく走りやすいんじゃないかと思う。
それはなぜか。
たとえば、下手なジョッキーの特徴として、一度ゴーサインを出した後にまたブレーキを掛けたりする。そこからもう一度“行け”と合図を出したところで、一度ギアを落とされた馬は即座には反応できない。また、4コーナーを回ってすぐ、一気にトップギアに入れてしまうのも未熟なジョッキーのよくあるパターン。馬のタイプや余力にもよるが、およそ最後に失速してしまうのが関の山だ。
その点ムーアは、のちのちブレーキを掛けなければいけなくなるようなゴーサインを絶対に出さない。もちろん、ムーアといえど、内で詰まったりモタついたりすることもあるが、そういう状況においても常にギアを最適な状態に入れて前が開くのを待っている。馬群に包まれながらも決して引っ張ることなく、絶妙なさじ加減でギアを維持し、馬にいつでも動ける準備をさせている。
反応が軽い馬もいれば重い馬もいるが、その反応の良し悪しを見極めコントロールする技術、つまり、彼ならではのアクセルの踏み加減があり、そこはもう卓越しているといっていい。だから、いざ前が開けば馬はスッと反応するし、最後まできっちり伸びる。彼が世界一と評される所以は、このあたりにあると思う。
また、ムーアがステッキを使うのは、あくまで“最後のひと伸び”のため。4コーナーを回ってすぐに渾身のムチを入れているジョッキーもいるが、彼は余力がある馬に対しては決してステッキを使わない。馬がバテ始めたときに満を持して使うから、最後のもうひと踏ん張りが効くのだろう。
ひとえに、それが“馬を動かしていく技術”なんだと思う。繰り返すが、なにしろゴーサインを出したあと、その強弱こそあれ、ブレーキを掛けたシーンを自分はあまり見たことがない。言葉ではなかなか伝わりづらいかもしれないが、これは本当に難しい技術であり、頭では理解できていても実践するのは至難の業だ。
▲「ブレーキを掛けたシーンをあまり見たことがない。これは本当に難しい技術」
競馬を一歩引いたところから見ている今、改めて思うが、やはりライアン・ムーアは別格だ。今、日本に来ている外国人ジョッキーは、世界のGIを舞台に活躍しているジョッキーばかりだが、そのなかでも彼が別格であるということは、もう疑いようのない事実だろう。
だから、関係者が彼に乗ってほしいと思う気持ちもよくわかる。が、これからはより一層、彼のような世界のトップジョッキーたちと互角の戦いができなければ、自分が望むポジションで生き残っていくことはできないこともよくわかっている。厳しい時代になったなぁと思うと同時に、自分がどこまでやれるのか、どこまで技術を高めることができるのか、楽しみに思う自分もいる。(文中敬称略)