ナムラコクオーがナリタブライアンに“鎮圧”されてから22年 ヘイハチローの乱/吉田竜作マル秘週報
中村調教師は「縁があって、期待の馬を預けてもらった。そりゃあ〜気持ちは入るよ」
POGで馬をピックアップする上で外せないのがいわゆる“社台グループ”。日本の馬産界の根幹さえ担っているのだから当然と言えば当然だが、実を言えば生産頭数的には社台グループが占める割合は、近年でも15%にも満たない。それでいて“独占市場”のような活躍を見せているのだから恐れ入る。
「そりゃあ、稼いだお金は全部馬に投資しているというし、土壌から飼料から研究も熱心。ただ何となく勝っているわけじゃない。リスクを負っているからこそ、結果も出ているんだろう」とは社台グループの馬を数多く預かってきた松田博調教師の弁だ。
それでも社台グループには“大量生産感”がついて回り、いわゆるアンチ的な見方をする人も少なくない。ゴールドシップがあれほどの人気を集めたのも、強烈なキャラクターもさることながら、日高の牧場に生まれたことが少なからず影響したと思う。
こうした現状に一石を投じる動きは各時代で行われてきた。先日、この世を去った大種牡馬キングマンボに、自らが見初めたサドラーズギャルを交配して、エルコンドルパサーを誕生させた渡邊隆オーナーしかり。あの金子真人オーナーも、自らが所有した牝馬をノーザンファームらに預託し、自らが所有した牡馬を配合することで、“自家生産”の活躍馬を数多く出してきた。
さらにここ数年、同じような動きを見せているのが冠号「ナムラ」の馬たちだ。昨年の当コラムでも触れたかと思うが、数年前からオーナーサイドで繁殖牝馬を用意し、それに見合った種牡馬を種付けする形を取ってきた。その第1弾が現4歳世代で実に9頭が勝ち上がった。そして今年の3歳世代もここまで4頭が勝ち上がり。京成杯(17日)のナムラシングン(牡・高野)は残念な結果(8着)に終わったが、調教で見せる動きは間違いなく重賞級。いずれ“反攻”があるはずだ。
しかし、記者がそれ以上の将来性を感じる馬が京成杯と同日に勝ち上がったナムラヘイハチロー(牡・中村)。昨年暮れの新馬戦(阪神芝外1800メートル)こそ好位から伸びずバテずの3着に終わったが、末脚に重きを置いた未勝利戦(中京芝2200メートル)では一変。父ディープインパクト譲りのはじけるような切れ味で一気にライバルを蹴散らした。ペースの違いもあるが、中京開幕週の芝2000メートル以上のレースで、上がり3ハロン33秒台を叩き出したのは計5頭。3歳馬ではこのナムラヘイハチローだけ。
「調教の段階から追ってからがいいと思っていた。いい勝ち方ができたよね。おとなしくて、かからないので距離は持つ」と中村調教師も自信を深めたようだ。
ディープと相性がいいとされる父ストームキャットの牝馬(サンクイーンII)をつけるためにオーナーサイドが用意し、計画的に生産されたのが容易に想像がつく馬で、その期待は息子の睦弘氏の名義(ナムラシングンがそう)ではなく、ナムラコクオー(1994年、ナリタブライアンが勝った日本ダービーで2番人気6着)で涙をのんだ父親の奈村信重氏名義にも表れている。
「今は車椅子で移動されているのだけど、昨年の暮れにキュウ舎に馬を見に来てくれてね。手を握ってくれた時に感じるものがあった。縁があって、期待の馬を預けてもらった。そりゃあ〜気持ちは入るよ。気持ちは」と中村調教師も今なお消えることのない情熱を受け止めている。
次走は小倉のあすなろ賞(2月13日=芝2000メートル)か、その前週6日の東京平場芝2400メートル。「レース間隔や相手関係を考えれば、小倉の方がいいかな。とにかく確実に2つ目を勝たせたい」
22年前の忘れ物を取りに府中の舞台へ――。計画は着々と進められている。あとはナムラヘイハチローが期待に応える走りを見せられるか。名オーナーの悲願達成はその一点にかかっている。