▲兄は池添謙一騎手、父は池添兼雄調教師。注目の池添学調教師の素顔とは
2月は競馬界の卒業シーズン。今年も橋口調教師や松田博調教師といった名伯楽が、引退の時を迎えます。その一方で若き才能も続々と開花。その一人、池添学調教師を直撃します。兄は池添謙一騎手、父は池添兼雄調教師。競馬一家の次男に生まれ、大学時代はオリンピックを目指すほどの馬術の才能を発揮。開業2年目に突入する注目トレーナーの素顔に迫ります。(取材・東奈緒美)
初出走の週に地獄と天国
東 開業1年目の昨年は23勝(地方を含む)を挙げられました。ご自身としての評価はいかがですか?
池添 スタッフがとても一生懸命やってくれて、僕自身はがむしゃらに動いた1年でした。具体的な数字を目標にすると、そればかり気になってしまうので、大まかに「20勝くらい」と言ってたんです。そう考えると、思っていた以上の成績は出せたのかなと。ただ、競馬は毎週毎週ですので、その週が終われば次の週って頭が切り替わりますからね。振り返る余裕はあまりなかったです。
東 毎週毎週が勝負ですもんね。いよいよ開業を迎えるという時には、気合も入ったと思いますが。
池添 初出走の週は、だいぶ力んでいました(笑)。カシノランナウェイ(障害4歳上未勝利)という馬だったんですけど、前走が2着でしたし、順当なら勝てるだろうと。ところが、レースで鼻出血が出たのもあってか、結果は9着。「競馬ってうまくは行かないな」と、早くも思い知らされました。かと思いきや、次の日にはメラグラーナ(3歳未勝利)で初勝利を挙げられたんです。その週だけで地獄と天国を味わいましたね。
東 勝負になる手応えがあると、ますます力も入りそうですよね。
池添 2頭とも勝てると思っていましたからね。特に初勝利の馬は、前の厩舎で僕が乗って、手入れもしていたんです。なので、当日は朝から厩舎をうろうろうろうろ。輸送の積み込みから何までつきっきりだったんです。スタッフにしてみれば、相当うっとうしかったでしょうね。
東 「テキ、気合入り過ぎや!」って。良い成績を残せた要因は何だと思われますか?
池添 大きなアクシデントがなかったことですかね。屈腱炎とか疝痛で入院とか、馬の大きな故障がなかったんです。骨折は何頭か出たんですが、日頃から早期発見、早期対処と決めているので、ちゃんと機能できたのかなと。それと、出走取消や競走除外も、1頭も出なかったんですよね。馬主さんに対してもそれは良かったと思います。
東 この1年をご自身で評価すると、何点ですか?
池添 70点。よく出来たと思う一方、まだまだ伸びていかないといけないですからね。でも、どれだけ勝ったとしても、「まだまだだ」って言ってると思います。競馬って負ける方が多いわけですけど、僕自身は毎回毎回勝つつもりで臨んでいます。どれだけ人気のない場合でも、人気通りの結果だったとしても、負けたらやっぱり悔しい。そう考えると、やるべきことはたくさんありますよね。ただ、僕自身、もうちょっと余裕を持たないと、とは思います。
▲開業週に初勝利。勝利馬は思い入れも強いというメラグラーナ
▲手綱を取った松山弘平騎手と記念撮影
大胆な兄と慎重な弟
東 余裕はまだないですか?
池添 ないですね。毎日毎日イレ込んでます(笑)。馬の管理って、試行錯誤の繰り返しですからね。馬を育てるなかで大事なのは、飼い葉だと思っているんです。うちは専門の栄養士さんにメニューを組んでもらって、それをもとに、全馬の飼い葉を僕が作っています。
東 えっ? 先生自らですか?
池添 はい。毎日作ります。調教メニューも、僕が全部決めていますしね。馬の状態をチェックして、飼い食いの様子も考慮して、毎朝全頭分のメニューを組みます。出張がある時なんかは、前もって組んでおきますね。
東 それはなかなか大変ではないですか?
池添 大変と言えば大変ですけど、それも仕事だと思いますのでね。スタッフに任せるのも手だとは思うのですが、性格的にきっと手を出してしまうので。気にし過ぎだと言われるかもしれないですが、そこまで気にしないと馬は変わってこないですし、小さな積み重ねこそ、競馬での実力発揮につながると思います。そこはスタッフも意識を持って、プロとしてやってほしいんですが、なんせ僕は口で言うのが苦手なので、見て感じ取ってもらって(笑)。
東 飼い葉ですと、同じ馬でも日によってメニューが違うこともあるんですか?
池添 ありますよ。普段から問題なく食べてくれる馬なら、メニュー通りでいいんですけど、そういう馬って実は少ないんです。馬格のある古馬なんかだとペロッと食べてくれますが、やっぱり牝馬は難しい。調教がきつくなると、どんどん食べなくなったりして。その辺を見極めて、毎日毎日変えています。
東 細かいところなんですね。
池添 細かいですね。自分でもたまに思いますもん。思いつきで飼い葉を一握り分足してみたり。特に意味はないんですよ。ひらめきです。それで何かが変わるかと言ったら、変わらないかもしれない。それでも、毎日馬を見ていると、ハッと感じるときがあるんです。って、思いこみかもしれないですけどね(笑)。毎日毎日じっくりと馬を見て、その日その日のベストのメニューを考えます。どんな時でも「これでいいんだ」とは思わないですね。
東 先生は緻密で慎重なタイプですね。お兄さんの謙一ジョッキーは大胆なイメージですが、先生はまた違ったタイプと言いますか。
池添 僕は慎重派ですね。しかも、難しいタイプだと思います(笑)。僕がスタッフだったら、僕みたいな調教師は嫌ですね。うちのスタッフは年上ばかりなんですけど、そんな僕の性格もわかっていると思います。こういうことをしたら怒るとか、ポイントもわかってくれていますね。
東 それは、具体的に言いますと?
池添 防げるアクシデントを防げなかったとか、同じ失敗を繰り返すとか。そういうのはなくさないといけないですからね。まあ、僕がこれだけ細かいので、言いたいこともあるんだろうなとは思っています。基本的に大仲(厩舎建物内の待機部屋)は、スタッフたちが調教師の愚痴を言う場所だと思っているので、僕はなるべく行かないようにしてます。
東 空気を読んで(笑)。
池添 そうそう(笑)。たまに用事があってガラガラってドアを開けると、みんなが一斉に見るんです。「今ちょうど言ってたのかな」なんて思いながら、「あっ、ごめん」って帰ってきたりして(笑)。
東 時には嫌われ役になることも必要ですね。
池添 そうだと思います。でも、うちのスタッフはみんな一生懸命で、本当に真面目なんです。そこは感心していますし、頭が下がる思いです。感謝していますね。
(次回へつづく)