「三好さんのところで、スマイルのメンタがもう生まれてるよ」
電話口の向こうの小桧山悟調教師は、開口一番そう言った。
「メンバー?」と訊き返した私は、コビさんの言葉の意味がわからなかった。
「メンタ。女馬が生まれたって」
「本当ですか!? いやあ、よかったー」
半分北海道弁で、半分業界用語のようなものなのか、牝馬をメンタ、牡馬をオンタと呼ぶのだという。
今年3月18日、浦河の三好牧場で、新種牡馬スマイルジャックの牝の産駒が誕生した。母はスマイルと同じ小桧山厩舎にいたラブインザミスト。まだ6歳で、これが初産だった。
昨年、スマイルが種付けした繁殖牝馬は4頭。受胎したのは2頭で、もう1頭はほかの牧場にいる。そちらの出産予定日は5月1日なのだが、その牝馬はいつも2週間ぐらい遅れて産むので、5月半ばになりそうだという。
ということは、三好牧場にいるメンタが正真正銘、スマイルの初めての仔で、長女なのだ。どんな顔をして、どんな毛色なのだろう。性格は親に似てキツいのかな、それでいて人間が好きだったらスマイルと同じだな……などと考えると落ちつかなくなり、札幌に介護帰省したとき、無理やり時間をつくって見に行くことにした。
出迎えてくれた、三好牧場社長の三好雅英さんは慶応大学出身という、生産者としては異色の経歴の持ち主だ。
「小桧山先生とはいろいろ面白い縁がありましてね。20年前の小桧山厩舎の初勝利も、うちで生産したフレンドパークという馬だったんです。ちょっと待ってください。今、息子夫婦が来ますから」
息子の三好悠太さんと妻の美穂さんが放牧地に入り、スマイルの長女とその母を曳いてきてくれた。
三好悠太さんに曳かれるスマイルジャックの初産駒。妻の美穂さんが曳いているのは母ラブインザミスト。4月22日撮影(以下同)。
サラブレッドの当歳を見るたびに思うのだが、この世にこんなに可愛い生き物がいることを神に感謝したくなるほど愛らしい。
黒鹿毛の天使のようなスマイルの仔は、撮影のため体の向きを変えられるとき、ちょっと反抗したりするが、基本的に人に触られることを嫌がっていない。
「初仔なので体は小さいですが、動きはいいですよ。私は、こういうのを『気の利いた馬』と呼んでいるんです。人懐っこくて、物おじせず、キリッとした、面白い馬です」と三好さん。
悠太さんも、「動きが俊敏で、すぐにビューンと行っちゃうんです」と微笑む。
やはり性格にはキツいところがあり、好奇心旺盛だという。今週、コビさんではない調教師がこの馬を見て「いいね、これ」と目を細めていたというから、ただ可愛いだけの女の子ではない。
カメラに向かってポーズ。ひたいの流星は父譲りか。
母ラブインザミストは、三好牧場にとって非常に大切な血を有している。1983年の天皇賞・秋を制した同牧場生産のキョウエイプロミスは、この馬の3代母の産駒(2代母=祖母の兄)、つまり大伯父なのだ。三好さんはこう言う。
「キョウエイプロミスが出た母系の、唯一の後継馬なので、守っていかなければならないと思っています」
スマイルがスタッドインしたばかりだった一昨年の12月、三好さんとコビさんとが会う機会があり、「じゃあ初種付けは小桧山厩舎同士でやりましょうか」と話が決まったという。今年はエスポワールシチーを配合し、無事受胎している。
ラブインザミストの競走馬時代のオーナーは宮坂五十四氏。かつて雑誌「競馬塾」を出していた出版社マガジンマガジンなどを経営し、私もよく知っている人だ。
コビさんが初めて宮坂さんの会社を訪ねる前、同社の役員を私が紹介してふたりが電話で話したのは、スマイルの主戦だった三浦皇成騎手の結婚式のテーブルだった。
……といったように、スマイルがとりもついろいろな人がつながった結果、この可愛らしい当歳牝馬が生まれ、自分が浦河にいるのだと思うと、不思議な気分になった。
カメラで追いかけていると、こちらに顔を向けた。父のようにギロリと睨むのではなく、興味津々という感じ。
今は、朝6時ごろから夕方4時ごろまで、ほかの3組の親仔と一緒に放牧されている。母乳も飲んでいるが、母と同じように地面に口をつけ、バリッと音をさせて草をちぎっている。いくらかは食べているようだな……と思って見ていたら、土もかじっている。とりあえず、母のやることをいろいろまねているのだろう。
母のまねをして、草を食べようとしている。
歩き方までお母さんをまねしながら離れて行った。
三好社長によると、普段、放牧地を走り回ったり飛び跳ねたりしているときにバネのよさが見え、ブラッシングしているときにチャカチャカする動きなどからも、機敏で、いいものが伝わってくるという。
お母さんはモッサリした馬だというから、スマイルから受け継いだものなのか。
初仔を嫌う人もいるというが、フサイチコンコルドやアドマイヤベガ、トゥザヴィクトリーなどの例があるように、「初仔は走る」という説もある。
この「ラブインザミストの2016」はどうなのか。
馬産地を訪ねる楽しみが、ひとつ増えた。それも新種の楽しみだ。5月半ばにもうひとつ増えるのに合わせ、黒鹿毛の天使の顔をまた見に行きたい。