(前回のつづき)
のどかなクラブにギャル現る!
認定NPO法人引退馬協会のフォローアッププログラム(現・再就職支援プログラム)を卒業して、千葉県富里市にある乗馬倶楽部ファーム・クラインガルテンの一員になったボナンザータービンは、モモコ(牝5)と名付けられた。
「ここにいるのはおじさん馬ばかりだったので、皆、牝馬のモモコのところに詰めかけて大変だったんですよ(笑)。寄って行って皆で取り囲んだり(笑)」と、ファーム・クラインガルテンの代表、住川永見子さんは当時の様子を楽しそうに話してくれた。
クラインガルテンに仲間入りした時のモモコはまだ4歳と、ピチピチのギャルと言っても良いお年頃。競走馬の生産牧場だった場所を借りていることもあり、のどかな雰囲気が漂うこのクラブに、いきなりギャルが飛び込んできたのだから、おじさん達が色めきたつのも無理はない。
「他の馬と一緒に放牧地に放すと、モモコは元気一杯に走り回るんですよ。それで時々おじさん馬を小突きに行ったりしますし、段々皆が辟易し出してしまって…。強いですね、モモコは。人間のどんな挙動にも驚かないですしね」
元来が物怖じしない性格なのか、すぐに環境にも慣れ、今やすっかり放牧地の女王と化している。
クラブハウスで住川さんからモモコのエピソードを聞いていると、芦毛のムチッと張りのある体付きの馬が女性スタッフを背に馬場に登場した。「モモコですよ」と住川さん。はちきれんばかりの馬体で尻尾を振り振り、馬場を回る。まとわりつく虫が多くなるこの季節は、尻尾で虫を追い払う馬たちの姿をよく目にするが、モモコの尻尾はビュンビュン、シュッシュとかなり素早い動きをする。暑さをものともせず、若さ全開、元気一杯のモモコがそこにいた。
「お尻が立派ですよね」
住川さんの言葉通り、後ろ姿が逞しい。現在はホースクリニシャン(馬の心理学を使ってトレーニングをする)の宮田朋典氏に習ったことを取り入れながら、乗馬として作り上げている最中とのことで、モモコの今後の成長が楽しみだ。
▲モモコのお尻。お尻が立派なのが自慢だそう
サラブレッドらしからぬ特技の持ち主
モモコがやって来た時に色めき立ったおじさん仲間をよそに、マイペースを貫いていた馬がいるここでの名前はジプシー(セン22)で、競走馬名がグランプリクン。南関東の一線級で活躍した馬だから、覚えていらっしゃる方もいるだろう。
グランプリクンは、1994年5月24日に北海道様似町のホウセイ牧場に生まれた。父はテューター、母がクリスシルバー、その父マルゼンスキーという血統だ。1997年には浦和のニューイヤーCや埼玉新聞杯、1998年の大井の金盃と重賞を3勝しているが、交流重賞のスーパーダートダービー(1997年・GII・ジャパンダートダービーの前身)で中央のメイショウモトナリをクビ差まで追いつめて2着となったレースが個人的には強く印象に残っている。
▲南関重賞で3勝を誇るグランプリクン
「茨城県の乗馬クラブからこちらに来て、8、9年になると思います」(住川さん)
グランプリクンとは似ても似つかない現在のジプシーという名前が気になって、その由来を尋ねてみると、「ここに通っていた5歳くらいの女の子に名前つけてと頼んだら、ジプシーと言ったので、じゃあそうしようと決めました(笑)」(住川さん)と、少し意外な答えが返ってきた。
「ウチに来た当初から、とても大人しかったですよ。今はトコトコと体験乗馬で初心者の方を乗せたり、初級のクラスの方に乗って頂いたりが多いですね。
放牧に出しても、仲間と一緒に遊ぶというわけではないんです。ウチに来た当初のキミマロ(後述)は、ジプシーのすぐ隣の馬房でジプシーとベッタリだったんです。知らないところに1頭で来て環境も変わったこともあり、放牧されるとジプシーの後ろに隠れて他の馬をよけている状態でした。ところが勝手がわかってくると、キミマロが段々強気になってきました。最初はジプシーに頼りきっていたのに、途中からジプシーをいじめるようになってしまい、恩を仇で返すような形になっています(笑)」
そんな仕打ちをされても、ジプシーは滅多に怒らない。
「モモコが仲間入りした時も、ジプシーだけ興味を示しませんでした。仲間と一緒というより、1人を好む馬ですね。人に対してもベタベタ甘えないですけど、手入れをしていても乗っていても大人しくしていますし、暴れることはないですね」
マイペースで物静かなジプシー。「やる気がない」とクラブでは言われているようだが、そのかわり「サラブレッドらしからぬ」特技がある。先端に布をつけた棒をすぐそばでビュンビュン振ってもまるで動じず、さらには住川さんがジプシーの腰の部分に立っても平然としているのだ。
虫をよけるのに時折後ろ脚を上げてはいるが、それ以外は住川さんが何をしようと全くの無表情。特技を披露する前に「サラブレッドらしからぬ」と住川さんが言っていた意味がよくわかった。
▲住川さんとジプシーのアクロバティックなコンビ技!
グランプリクンがいると知ってファンが会いに来たり、問い合わせの電話がかかってくることもある。体験乗馬で偶然乗った馬が、かつてのグランプリクンだと知ってネットに書き込んだケースもあったようだ。
競走馬を引退しておよそ15年近くたつが、なおその名を記憶しているファンがいる。中央競馬で華々しい活躍をしたわけではないが、たくさんの人に愛された馬だったのだなと改めて思った。
「競走馬として頑張って走っていたとは信じられないですよね(笑)。やる気がなくて、仕事が嫌いそうですから(笑)」(住川さん)。そう評されてもなお表情を変えず、住川さんに曳かれてゆったりした足取りでジプシーは馬房へと戻って行った。
ここには他にも個性的な名前の馬がいる。
前述したキミマロ(セン23)という馬がよくクラインガルテンのブログに登場している。「ちょっと胴長短足なんですね。クォーターホースの血が入っているらしいんですよ」(住川さん)
栗毛のキミマロは、イベントにも参加する。5月には佐倉市産業まつりにも登場し、曳き馬や希望者との写真撮影をこなした。
「とても性格が落ち着いているので、イベント会場に1頭で連れていっても平気なんです。綾小路きみまろさんがキミマロに会いに来てくれないかなと、ちょっと狙っているんですけどね(笑)」(住川さん)
▲目指せ!Wきみまろの共演
ロッキーアロー(父ウォーニング 母アラベスクバンブー)という名でレースに出ていたが、ここで何故かタゴサク(セン18)と名付けられた。
現在脚元に不安があって休養中のファニー(セン22)は、ミランドラゴン(父スルーザドラゴン 母ラブパッション)という名前で走っていた。母の全姉に1989年にサファイヤS(GIII)勝ちのリリーズブーケがいる血統だ。
芦毛のファルコン(セン26)は競走馬名をハヤブサタイガン(父メジロティターン 母マヤノメロディ)と言い、その母は1986年に鳴尾記念に優勝したロンスパークの全妹にあたる。
ジェントル(セン18)の競走馬名はウナズキ。この馬は噛癖があり、無口を持って馬房に入ると歯をむいて飛びかかってくるのが悩みの種だったが、前出のホースクリニシャン宮田朋典さんのおかげで、それはほとんど収まっている。
ほかマロン(セン)というアングロアラブがいて、馬は全部で8頭(うち元競走馬は6頭)。それプラス、トラさんという猫1匹というのが、クラインガルテンの仲間たちだ。このトラさんがまた愛嬌たっぷりの顔や姿をしており、ブログに載せると馬の記事よりも反響が大きいと聞いた。
▲休養中のファニー、競走馬名はミランドラゴン
▲芦毛のファルコン、競走馬名はハヤブサタイガン
▲ジェントル、競走馬名はウナズキ
クラインガルテンとは、直訳するとドイツ語で小さな庭という意味を持つ。街中に住んでいて庭を持てない人のために、郊外に庭を造って週末にはそこで庭仕事をしながらのんびり過ごす。それがドイツのクラインガルテンだ。
「ここも都心から通える距離ですし、自然豊かな環境があります。街中に暮らす方々が遊びにやって来てはのんびり過ごす場所になってほしいと願って名付けました」(住川さん)
馬たちにとっても、ここは素晴らしい環境だ。
「毎日放牧していると、馬たちの性格も落ち着いてきますね。全頭放牧しているので、馬同士も日頃から他の馬とコミュニケーションを取り合うので、部班(グループレッスン)で馬同士の距離が近づいてしまっても、蹴ったりしませんね」(住川さん)
馬場にいるモモコの若々しい動きを観察し、ジプシーの特技に感嘆し、馬房内にいくつもあるツバメの巣と旅立ちを待つヒナの可愛さに目を見張った。ツバメの親が目にも止まらぬスピードで、馬房から外へ外から馬房へと飛び回っても、馬たちは何ごともなかったように、それぞれの時間を平和に過ごしている。
人がゆったりできる場所では、馬も穏やかになる。それを実感した取材だった。
(了)
※グランプリクンは見学可です。見学希望の方は、事前に連絡してください。また、競走馬時代のグランプリクンの写真をお持ちの方がいましたら、ファーム・クラインガルテンまでご連絡頂ければ幸いです。(競走馬時代の姿を見てみたいとのことです)
■乗馬倶楽部ファーム・クラインガルテン
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http://k-garten.com■認定NPO法人引退馬協会
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