▲今回はゼンノロブロイで秋古馬三冠を達成した、川越元厩務員が登場(撮影:下野雄規)
テイエムオペラオー以来、史上2頭目の秋古馬三冠を達成したゼンノロブロイ。青葉賞勝利からダービー2着に好走した素質馬は、4歳後半から覚醒。天皇賞、JC、有馬記念の3連勝を成し遂げると、翌年8月には英GIインターナショナルSに出走して2着。日本馬初の海外でのベストターンドアウト賞も受賞しました。今週は快挙の立役者、ロブロイを担当した川越靖幸元厩務員のお話を中心にお届け。名馬ならではの驚きのエピソードが飛び出します!(取材:赤見千尋)
(前回のつづき)
「ロブロイは絶対に良くなる」と信じていた
赤見 (前回)ブルーコンコルドが体を作り直したことで、馬がガラッと変わったというお話がありましたが、ゼンノロブロイも4歳で一気に強くなった印象があります。そのあたりの秘密をお聞きしていきたいのですが、まずは川越さんの経歴を教えていただけますか?
川越 僕は19歳でトレセンに入って、初めは久保田敏夫厩舎に配属されました。休んでいる方の代わりでしたので、1年間勤務して中村貢厩舎に移りました。そこでは4年間お世話になったのですが、中村先生が急死されて、その後に入ったのが藤沢和雄厩舎です。確か17年目に出会ったのがゼンノロブロイですね。
赤見 4歳の秋に天皇賞、JC、有馬記念の古馬三冠を達成したわけですが、あの辺でどんな変化があったんですか? それまでは2、3着が多いイメージだったので、本格化したんだなと。
川越 一気に良くなったという感じはしなかったですよ。若い頃に無理をしないで大事にしてきて、徐々に体質が強くなりました。調教師が思い描いていた調教もできるようになって、少しずつ良くなっていったという感じです。
赤見 傍から見ているとあの秋に急に強くなったようでしたが、そういうことではなかったんですね。
川越 そうですね。大事にしてきた分の成長力と言いますか。最後まで大事にしてきた馬には、やっぱり良いことがありますよ。
▲ジャパンCを制し、スタンドの歓声に応えるO.ペリエ騎手(撮影:下野雄規)
▲有馬記念も勝利し、史上2頭目の秋古馬三冠を達成(撮影:下野雄規)
赤見 とは言っても、待つことって簡単ではないですよね。
川越 ええ。特に最近は、早めに結果を出して成績につなげていかないと、という感じになってますからね。ゲートに受かった、時計も出した、とりあえず使えそうなところまできた、血統も良い、値段もそれなりなんていうと、まだ良くなる途上であっても誰でも「勝てるんじゃないか」と思いたいものです。そこを我慢するのは、やはり難しさがあると思います。
藤沢先生に「海外に行って学んだことは何ですか?」と質問したことがあるんです。そうしたら、イギリスの調教師が「何をそんなに慌てているんだ? 人が慌てても仕方がないじゃないか」と言われたというエピソードを話してくれました。
多分その言葉を胸にイギリスで学びを深めて、それがその後、先生の馬を育てる核というか信念となり、馬が成長するのを待つ、我慢するということに繋がって、数々の名馬を送り出せたのだと思いますね。
ロブロイも無理せず大事にしてきたから、4歳の秋に花開いて、ちょうどその頃、同世代の馬たちがリタイアしていったタイミングでもあったんですよね。
赤見 なるほど。そういえば当時、同厩舎のひとつ上の先輩に、シンボリクリスエスがいましたよね。
川越 あの当時の藤沢厩舎というのは、そうそうたるメンバーがいましたからね。みんな固まって運動していたんですけど、どの馬もすごかったですよ。クリスエス自身は馬格があって、淡々とした馬でしたね。
赤見 クリスエスみたいに既に結果を出している馬たちがいる中で勝ち切れないレースが続くと、プレッシャーは感じませんでしたか?
川越 それはないですね。だって、「ロブロイは絶対に良くなる」と思っていましたから。入厩してきた頃からずっとそういうものが見え隠れしていましたしね。
▲「ロブロイは絶対に良くなると信じてきたし、そういうものが見え隠れしていました」
赤見 どの辺が他の馬と違ったんですか?
川越 おとなしくて、無駄なことをしなかったですね。それでいて、一瞬見せる“エネルギーの爆発”みたいなもの。例えば何かを見て、ドーンと暴れるときとか。「たぶんこれは間違いないんだろうな」と、そういうのはずっと信じていました。
山本 真のオープン馬というのは、そういうところがあるものでね。めったに暴れないけど、一度暴れたら手が付けられない。俺もブルーコンコルドや(角居厩舎で担当した)スカイアンドリュウには往生した。コンコルドなんて、立ち上がったら下りてこなかったもの。
川越 そうですよね。全休日明けの火曜日の運動なんて、藤沢厩舎の馬たちは気持ち悪いくらい怖かったですよ。牧場の人にうるさい繁殖牝馬の子の方が走ると聞いたことがありますけど、やっぱりエネルギーがあり余っていたり、野性味のある馬が走ります。実際、そういう馬が多くいる厩舎はいい競馬をしていますね。
馬房を指差すと自分からスッと入った!?
赤見 やっぱり走る馬って、持っているものが違うんですかね。
川越 違いますね。ただ馬の扱いやすい、扱いにくいは個人差だと思うんですよ。自分の技量さえ上がれば、うるさかったり癖のある馬でも大丈夫になるんです。人間が想像できないことをするのが馬ですから、やばいと感じるような、多少危険な思いをしないと技量は上がらないと思います。
人間の持てる能力を発揮させる最も効果的な方法は、恐怖心を与えることだと聞いたことがありますし、おとなしくて手のかからない馬よりも、少々恐怖心を覚えるような馬の方が人間の技術向上にはいいと感じます。
僕も偉そうなことは言えないですけど、技術がないのに、あの馬はうるさいとか馬鹿だからと、何でも馬のせいにするのは良くないと思うんです。その前に自分の技量を磨かなきゃいけないんじゃないかと。馬は縦社会の動物ですから、人間が常に上でなければいけないですけど、馬に対して常に謙虚な姿勢は忘れてはいけないと思いますね。
赤見 確かに謙虚な姿勢は大切ですよね。ところでロブロイはどんな馬だったのですか?
川越 頭が良いので、変に頑張らないところが良かったんじゃないですかね。だから調教でも引っ掛からないですし。ずるいと言ったらあの馬に申し訳ないですけど、変に頑張らないのが一番いいところだったと思います。
赤見 そこはイギリスに行った時も変わらなかったですか?
川越 変わらなかったです。だから楽ですし、ああやって長く頑張っていられたんだと思いますよね。
▲「頭が良いので変に頑張らないのが、あの馬の一番いいところ」と川越さん(撮影:下野雄規)
山本 たしかに走る馬ってみんな賢いからね。コンコルドも、どこに行っても物おじしなかったし、あてがった餌はちゃんと食べてくれる。本当に手の掛からない子でしたよ。
赤見 パドックでも悠々と歩いているイメージでした。ただ、目付きがちょっと怖かったですけど(笑)。お互いに認め合っていた関係なんですね。
山本 いや、向うは嫌がっていたんじゃないですか。「苦しい餌(高エネルギーの濃厚な餌)ばかり食わせて」って思ってたでしょうし(笑)。
赤見 人間でもアスリートは食べることも仕事のうちじゃないですか。その辺ができるかどうかは大きいですよね。
山本 うん。競馬場に行って餌を食べなかったこともあるんだけど、それでも何の心配もしなかった。「彼は自分で体を作っている。食わんかったら食わんでいい」っていう感じ。服部先生もよく言うてたもんね、「山本さん、コンコルドが餌残したとか一切言わないでいいから」って。
だけど僕が服部厩舎に来る前のコンコルドは、餌を食べている時に前を人が通ると、後ろの方に逃げて食べなくなったと聞きましたよ。
赤見 そんな繊細だったんですか。山本さんが担当になって、変わったんでしょうね。
山本 僕に対しては言いなりですよ(笑)。犬じゃないけども、「ステイ」って言ったらそのままじっとしてたもん。
赤見 今だから言ってもいいと思うんですけど、地方への遠征の時に、山本さんが曳き手を繋がないでコンコルドを馬運車に乗せているのを見たことがあって。「すごっ!」と思ったんです。「行くよ」って言ったら、ペットみたいに横を着いてきて。
山本 いつもそうでしたよ(笑)。俺が先を歩いて馬房を指差すと、自分からスッと入っていきよった。競馬が終わって「帰るよ」って馬栓棒を外すと、曳き手をつながなくてもひょこひょこ歩いて馬運車に乗っていったし、降ろすときも自分で勝手に車内でUターンしてトコトコ降りてきよったわ(笑)。
赤見 そういう馬って多いんですか?
山本 おらんわっ(笑)!! やっぱり特別頭が良かったんだと思いますよ。普通の馬なら獣医さんが来ると逃げるけど、彼の場合は痛いところを治してほしいから、自分から前に出てきた。本当に扱いやすかったですよ。他の馬に対して威圧的になることもなかったですし、跨ると自分の行きたいところに勝手に行くので、自分でトレセン1周ぐらい運動してた。面白い馬だったんですよ(笑)。
(次回へつづく)