ブルーコンコルドの山本元厩務員とゼンノロブロイの川越元厩務員による、ホースマン対談の第3回。今週は、厩務員の仕事の中でも特に重要な「パドックでの曳き馬」と「飼い葉作り」についてお聞きします。レース当日のサラブレッドたちはみな、美しく仕上った姿で多くのファンを魅了します。その陰に担当厩務員のどのような苦労や心遣いがあるのでしょうか。(取材:赤見千尋)
(前回のつづき)
パドックは蹄1個分の深い踏み込みが理想
赤見 プロのおふたりにぜひ教えていただきたいのですが、パドックでの馬はどの辺りを見たらいいですか?
山本 オープンクラスになるとみんないい馬ですから、なかなか見抜けないですけど、これが未勝利や500万の場合だと、どこかに1つ2つキラッと光るものが見えてくる。僕はパドックを見る時はいつも、新聞の印のところを隠してしまうんです。自分の目で見て「いいな」っていう馬に印を入れていくんです。
赤見 先入観なしで判断するんですね。具体的にどのあたりを見ているんですか?
山本 腰やトモ、お尻、前肢のさばき。クビがあまり高くなくて、踏み込みはあまり深いのは好きじゃないですね。浅いと固い感じはするんですけど、深すぎても僕は反対です。蹄1個分くらい深いのがいいんじゃないかな。
赤見 川越さんはいかがですか?
川越 テレビを通して見ているときは、まず馬体を見ますね。全体の形と、瞬間的なインスピレーションですかね。1度これだと思ったら、他の馬も含めてあとはじっくり見ないようにしています。あまり見すぎると、いろいろなところが目について、わからなくなってくるんです。情報が多いと惑わされますからね。
赤見 パドックでの仕草はどうですか? 牡馬が馬っ気を出してると、レースに影響するんじゃないか…とか?
山本 馬っ気は、そんなことはないと思う。
川越 ゼンノエルシドは、出した時も勝ってましたからね(笑)。
山本 ブルーコンコルドはなぜか、大井に行くと馬っ気を出すんですよ。「男馬ばっかりなのに、恥ずかしいじゃん」って(笑)。お客さんは笑ったりするけど、曳っ張っている方は恥ずかしいですからね。そういう馬の場合は、先頭か最後を歩かせてもらったりする。仕草で分かりやすいところっていうと、汗かな?
赤見 チャカチャカして、汗をかいている場合ですか。
山本 チャカチャカはしててもいいの。ただ「嫌だな」と思う汗のときがある。何というか、いい汗じゃないんだよね。
▲山本「パドックでチャカチャカしててもいいんだけど、いい汗じゃないのは注意が必要」
赤見 厩務員さんが1人で曳いているのと2人曳きでは、どうですか? 2人曳きだとイレ込んでいるって言われることもありますが。
山本 2人曳きでも、1人は横でサポートしているだけならいいんだけどもね。ちょっとテンションが高くなりそうな馬は、横でサポートしてあげると。両方で曳っ張っちゃうと、ハミが当たって逆にカッカしちゃうからね。
川越 横の人は馬服を持っているとか、それぐらいでいいんですよね。サポートするだけでも、馬は落ち着いてくると思います。それと1人で曳いている場合でも、馬にハミがかからないよう、リズム良く歩かせることが大切です。馬を制御しようとしてハミで抑えてしまうと、それだけで馬にはストレスだと思うんです。
赤見 山本さんは川越さんの曳き馬を綺麗で美しいと評されていましたが、川越さんが馬を曳く時に気をつけている点を教えてください。
川越 パドックで馬を曳いている自分を、もう1人の自分が観客席から見ているような感覚で馬を曳いています。姿勢を正して顎を引いて、曳き手は長すぎず、短すぎずで適度に…。時々、肩から曳き手をかけている人がいますけど、突然馬が暴れた時に首に巻き付いてしまう危険性がありますし、何より見た目が美しくないですよね。
パドックは馬のお披露目の場所でもありますから、美しいというのは重要なポイントです。馬がパドックで美しく歩いていると、その馬のオーナーも喜ぶのではないかなとも思います。僕がまだ牧場で働いていた頃、上手な人が馬を曳くとセリで馬の値段が上がったものだと、先輩からよく聞かされました。つまり曳き方1つで馬は変わるということです。この話をずっと心にとめて仕事をしてきました。
飼い葉は厩務員業務の要
山本 そう言えば、ダービーでデムーロジョッキーが乗った角居厩舎のリオンディーズっているでしょう。普段ならもっと前に行くのに、あの時は後ろから追い上げていった。あの辺の角居厩舎の技術というのは、やっぱりすごいと思ったわ。僕がいた開業当時は、カロリー計算で餌をつくっていたので、1人では曳っ張れないぐらいの馬が多かったんですよ。当時は何万カロリーと食わせていたからね。
赤見 それは、燕麦が多いということですか?
山本 いや、配合飼料です。濃い餌ですね。ところが最近の角居厩舎の馬って、パドックで曳いててもバタバタする馬っていないでしょう。そういう調整が角居厩舎は上手だなって思います。
赤見 テンションが上がらないよう、飼い葉でコントロールができるんですね。厩務員さんのお仕事の中で、飼い葉の重要さっていうのは?
▲赤見「厩務員さんのお仕事の中で、飼い葉の重要さっていうのは?」
山本 やっぱり大事やね。
川越 ええ。大事ですね。
山本 角居厩舎は、もう長い間個人の担当者が餌を作ってないんですよ。餌を作る担当さんがいるから。
赤見 「フィードマン」って言うんですよね。山本さんは角居厩舎のフィードマンを任されていたわけですよね。
山本 20頭分の餌を僕一人で作っていたんです。基本のメニューは角居先生が作ってくれて、そこから微調整をするわけです。極端に言ったら夏と冬、女の子と男の子、そういう違いもあるわけですよね。今は昔みたいに長く厩舎に置いて使うというのはしないから、入厩してどのぐらいで競馬に使うというのが分かっている。例えば女の子の場合なら、配合飼料はやらないで乾燥牧草、青草に塩を少し多めにして、水を飲ませてお腹を出して、それからじわじわと作っていくとかね。
赤見 塩を入れるんですか。
山本 入れます。夏場はちょっと多めにして、逆に冬場は汗をかかないのに塩分ばっかり取っていくと肝臓をやられてしまうので少なめにしてね。僕が一番大事にしてたのは、競馬が終わってからは、あまり穀詰めにしないこと。
赤見 穀詰めというのは、分かりやすく人間に例えるとどういうことですか?
山本 お米をいっぱい食べることですね。でも、角居先生と話していて、連闘する場合なんかはピンっと来るんです。そういう場合はすぐに詰めないで、脱脂大豆を使います。あれは筋肉が落ちなくて、波もなくていいんです。角居厩舎では残した餌は捨てないで、そのまま全部ハナ前にあけていくんです。この子は何を食って何を残しているか、というのを全部チェックするわけですね。
赤見 細かくチェックしてたんですね。川越さんは、藤沢厩舎でやっているときはどうだったんですか?
川越 僕が藤沢厩舎から他の厩舎に転厩する2年くらい前から、そういう制度になったんですよね。それまではみんな個人でやっていたんですけど、藤沢厩舎の場合は助手さんが作ってくれてました。
ただやっぱり、20頭以上の頭数は、ひとりでは把握し切れないと思うんです。その都度厩務員さんたちも、「こういう状態だし、こんな感じにしてほしい」とリクエストするんですけど、難しい面がありましたよね。そういった面では、自分としてはしっくり来ない変え方だったかな。今まで通りのやり方が好きだったし、仕事として面白かったです。今も助手さんが飼い葉を作る方式が続いているのかはわからないですけど。
赤見 飼い葉の微調整って、例えばGIに挑むような時に「ちょっとまだ重い」とか「出来過ぎた」とか、そういうことで変わってくるということですよね?
川越 僕が気を付けていたのは、今日はこんな感じに見えても翌朝に見た時は違うとか、ほんのちょっとの加減でシルエットって変わってくると思うんです。そういうところを逃さないように気を付けていましたね。そのさじ加減というところは、厩務員の仕事としてすごく面白みのあるところだと思います。
▲川越「飼い葉のそのさじ加減は、厩務員の仕事としてすごく面白みのあるところ」
山本 担当厩務員なら、やっぱり自分の思ったような餌を作りたいというのはありますからね。それに正直、餌作りは1人では厳しい。最低3人、1人で5〜6頭くらいがちょうどいいんじゃないかなって思いますよね。
赤見 また、それぞれの厩務員さんのやり方だったり方向性だったり、助手さんのやり方がありますから、どうしても難しいところですよね。
(次回へつづく)