▲“騎乗機会7連勝”を実現させた強靭なメンタルのルーツは、母国・ブラジルにあった(撮影:高橋正和)
3週間の滞在ながら、JRAタイ記録の騎乗機会7連勝など大きなインパクトを残して帰国した、香港のトップジョッキーJ.モレイラ騎手。福永祐一騎手との対談第2回目の今回は、そんなモレイラ騎手が普段戦っている香港競馬や母国のブラジル競馬について語り合います。福永騎手も驚いた、日本では考えられない世界の厳しさとは。
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前回の第1話目を無料公開中!戦いは検量室のなかから始まっている
福永 フランスからブラジルに戻り、その後、シンガポールに行ったんだよね? それはどんなきっかけで、なぜシンガポールだったの?
モレイラ シンガポールに短期免許で乗りに行っていたカナダの騎手がいて、ある日僕がお世話になっている調教師に彼が電話を掛けてきたんです。そこで調教師が僕を紹介してくれて。その後、そのカナダの騎手に直接電話をしたら、「厩舎の人が是非にと言っているけど、どうする?」と聞かれて、「行きます」と即答したんです。
福永 そういうのもひとつの縁だよね。もともとチャンスがあれば海外に行きたいと思っていたんでしょ?
モレイラ もちろん。だから、そのオファーをもらったときも、一切迷いはありませんでした。ただ、当時は英語をまともに話せなかったので、シンガポールでは言葉がネックになりましたね。
福永 それはどうやって克服したの?
モレイラ 僕自身ももちろん努力しましたが、それ以上に周りの方たちがすごく協力してくれたんです。本当にいい方たちに恵まれました。その結果、英語も話せるようになり、競馬でも結果を出すことができたわけですが、その流れがここまでつながってきたということには運命を感じますし、支えてくださった方たちにはものすごく感謝しています。
福永 僕もそうだけど、この仕事をしていると、人と人との縁を感じることが多いよね。ブラジルの競馬についてもう少し聞いてみたいんだけど、正直、ブラジルの競馬を観る機会や、情報に触れる機会が少なくて。僕のブラジル競馬の知識は、1960年代に中神輝一郎さんという日本人騎手がブラジルで活躍したことや、現調教師の河内さんが招待競走で乗りに行ったときの話を聞いたくらいなんだけど。
モレイラ 残念ながら、中神さんも河内さんも、僕はよくわかりません。河内さんが乗りに来られたのは何年くらいのことですか?
福永 90年代の中頃かな(※1995年にサンパウロで開催された第1回日本杯競走。第2回は岡部幸雄騎手が、第3回は南井克巳騎手が参戦した)。調教に乗れって言われたんだけど、馬の背中に毛布しか乗ってなかったっていう話を聞いた(笑)。
モレイラ ああ、ブラジルではよくあることです。その状態でゲートを出して、いかにも鞍があるような感じで乗らないといけないという教育があるんです。
福永 それはすごい。なんで鞍を付けないの?
モレイラ 鞍を付けると馬のテンションが高くなって、それがストレスにつながるからだと思うんですけど。ブラジルだけではなく、アルゼンチン、ウルグアイ、ペルー、チリなど、南米では伝統的な調教法で、今も普通に行われていますよ。
▲モレイラ「鞍を付けない調教法は、今も南米で普通に行われていますよ」
福永 そうなんだ。日本でも競馬学校のカリキュラムに取り入れるのはいいかもしれないね。
モレイラ そうですね。本当に難しいんですが、だからこそ、それをクリアできればどんな馬も怖がらずに乗れるようになるかもしれません。でも福永さん、ブラジル競馬の一番の難しさは、もっと別のところにあるんですよ。
福永 勉強不足で申し訳ないけど、全然わからない(笑)。たとえばどんなところ?
モレイラ 一番難しいのは、ジョッキー同士のメンタルゲームです。そもそも好き嫌いが激しいし、レース中も集団で1頭の馬の勝ちを阻止したり、ケガをさせることを恐れない激しい騎乗もあります。命を懸けて乗っているのはどこの国のジョッキーも同じですが、ブラジルでは、そういった騎乗がまるでライフゲームのように行われているんです。
福永 日本では考えられないね。
モレイラ さっきメンタルゲームという言葉を使いましたけど、戦いは検量室のなかからすでに始まっているんです。「お前の奥さんが別の男といるのを見たぞ」とか、真面目な顔で言ってくる。家族にまつわる嘘を利用してメンタルにダメージを与えてくるんですよ。レース前、同僚に本気でそんなことを言われたら、福永さんならどうなってしまうと思いますか?
福永 普通はジョークだと思うだろうけど…。真剣にそんなことを言われたら、そりゃあ動揺するよね。まぁ日本では聞いたことがないから、想像できないけど(笑)。
▲福永「嘘を利用して…それはちょっと日本では考えられない(苦笑)」
モレイラ 僕はブラジルで何度もやられましたよ。だから、ある時から相手にしないことにしたんです。検量室では、調教師と馬主以外、一切誰とも話さないようになった。だから、「実はアイツ、人と会話ができないんじゃないか」って今でも噂されているほど、無口なキャラが定着しています(笑)。
福永 そうなんだ(笑)。ちなみに、香港ではそういう心理戦はないよね?
モレイラ 香港は……少しあるかも(笑)。ただ、ブラジルに比べればかわいいものです。ブラジルは、競馬に限らずサッカーでもそういった心理戦がよくある。もはや文化みたいなものかもしれませんね。
福永 日本でもライバル意識は当然あるけど、基本的にみんな仲がいいからなぁ。そういうやり方で人を陥れるなんて、考えもしないと思う。それが当たり前になっているということは、普段からジョッキー同士の仲が悪いの?
モレイラ もちろん友達もいますが、成功するほどマークがきつくなり、みんなと仲良くできなくなります。レース中に何かをやられた騎手が、レース後にその相手を殴るなんていうのもよくあるパターンです(笑)。周りも「アイツは殴られても仕方がない」っていう目で静観していますからね。
今思えばですけど、そんな世界で生き残ることができたからこそ、海外へのチャレンジも怖くなかったのかもしれません。シンガポールでも香港でも、ジョッキー同士のライバル関係はいろいろとあるけど、僕からすればどれも大したことはない。だから、どこの国で乗っても生き残る自信はありますよ。もちろん、日本でもね。
(次回へつづく)
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