▲ローカルの難しい競馬で腕を磨いてきた田辺騎手、どんなことを考えて乗ってきたのでしょうか
今年でデビュー15年目。以前から関係者の中で「巧い」と定評があった田辺騎手でしたが、当時の主戦場はローカル。しかし、その才能を見抜いた中舘騎手(現調教師)に背中を押され、中央場所で勝負をするように。ローカルの難しい競馬で磨かれてきた腕が一気に開花し、トップクラスのジョッキーへと駆け上がります。その騎乗技術は佑介騎手も唸るほど。特に強く印象に残っている一戦があるとかで…!? (構成:不破由妃子)
(前回のつづき)
相手が嫌だと思う位置取り、そういうのはすごく考えた
佑介 田辺先輩は、トレーニングにしろ何にしろ、チャンスがきたときにそれを生かす準備ができてましたよね。レース中の攻防とかも、ローカルの難しい競馬のなかでずっと磨いていた。
田辺 ああ、言い方は悪いけど、いわゆる嫌がらせね(笑)。
佑介 違いますよ。そもそも田辺先輩はラフな騎乗をするわけじゃないし、あくまでルールのなかでの話です。
田辺 当時は、自分の馬が100%の力を出したとしても、走る馬に100%の力を出されたら絶対に勝てなかった。だから、相手が嫌だと思う位置取りとか、そういうのはすごく考えたね。まぁ、それは今も考えてるけど。
佑介 ローカルで勝てば勝つほど、いい意味でズルくなりますよね。田辺先輩は、そういう術を磨いた上での本場だったから。
田辺 今思うと、中舘さんの教えも大きかったかな。例えば、自分が人気馬で逃げたとして、そこに若い子が絡んできたりしたら文句を言うジョッキーがいるでしょ? でも、中舘さんはそうじゃなかった。逃げる機会が多かったけど、
「絡まれたとしても、それは逃げ馬の宿命。そういうリスクをわかった上で逃げているわけだから、絡まれても仕方がない」っていつも言ってた。だから俺も、人気馬だから絡んじゃいけないとか、そういう思いはあんまりないんだよね。
▲現役時代は“逃げ職人”と呼ばれた中舘騎手
佑介 田辺先輩にとって、中舘さんの影響って大きいんですか?
田辺 そうだね。中舘さんてね、誰にでも優しかったわけではなくて。
佑介 それはわかります。若手に優しく指導する……みたいなイメージはないですもん。だからこそ、田辺先輩のことを本当に買っていたんじゃないかと思って。
田辺 このままローカルで乗っていたら、WSJSに出られるかも…っていう年があってね。WSJSに出たいから、その時期まではローカルで勝ち星を増やそうと思っていたんだけど、中舘さんに
「お前、勢いがあるときに(中央に)行け。WSJSなんてどうだっていいんだよ。ダメになってから行ったってどうしようもない。いいときに行け!」って言われてね。普段はあまり人の言うことは聞かないんだけど(笑)、そのときばかりは中舘さんの言うことを聞いて、中央にシフトしたんだよね。
佑介 そうだったんですね。関西の上のほうのジョッキーのなかにも、「今のジョッキー界の流れで、なんで田辺がこれだけしか勝てないんだ」って言ってる人がけっこういるんですよ。僕も見ていてそう思います。数字(勝利数)に関しては、どういう思いを持っているんですか?
▲佑介「数字(勝利数)に関しては、どういう思いを持っているんですか?」
田辺 数字かぁ…どうなんだろうね。そりゃあ一番になりたいし、負けたくないよ。でも、「今年だけ一番になればあとはいいや」とは思えないし。
佑介 先々を見据えて、ということですね。じゃあ、下積みじゃないですけど、今は着々と土台を築いている段階ですか?
田辺 うん、まだ下積みです(笑)。
佑介 どこかで勝負を懸けていこうという気持ちはないんですか?
田辺 勝負を懸けるとして、俺のなかで今考えているのは、エージェントを増やすこと。
佑介 ああ、ジョッキーが複数のエージェントを付けるということですね。
田辺 そうそう。今のエージェントは、最初からずーっとやってもらっている人だからこのまま一緒にやっていくとして、彼とは別に、関西にもう一人エージェントを置くとかね。そうしたほうが、有利なんじゃないかと俺は思う。
佑介 確かにそうですね。エージェント一人につき、ジョッキーは三人までっていう決まりがあるけど、ジョッキーが複数人のエージェントを雇ってはいけないという決まりはないですもんね。
田辺 そうそう。現状をひっくり返すには、とりあえず上のジョッキーが乗っている馬を持ってくるしかないわけだから。それか、上のジョッキーのエージェントを高い金で……
佑介 買収する(笑)。
田辺 ま、それは冗談としてもさ。
佑介 でも、海外ではそういうことが普通にありますからね。本当にシビアな世界ですから。
田辺 そうかぁ。俺としては、エージェントの立場が強くなりすぎるのは、ちょっと違うんじゃないかなって。エージェントの人に対して、ジョッキーがペコペコしてるのを見ると、それはジョッキーとしてどうなの? って。
佑介 まぁ、それは確かに。
田辺 結局、人の馬を取るのは最終段階で、その前にまずは自分の技術を磨いて、もっともっといろいろ考えて、馬を思い通りに動かせるようになってからだと思うから。
佑介 ちなみに今、田辺先輩の技術的なテーマは何ですか? 僕のなかでは、田辺先輩には絶対にこだわりがあると思ってます。道中にしても直線にしても、すごくリズミカルですよね。馬がめっちゃ弾んでいる気がする。
田辺 もちろんこだわりはあるけど……走る馬じゃないと、なかなか思い通りにいかない(苦笑)。
佑介 でも、田辺先輩は、馬の脚が上がっているときでも追い方がかっこいい。特殊な例ではありますが、最近で一番印象に残っているのが、アルテミスSのマーブルカテドラルです。
▲佑介騎手いわく「本来なら考えられないレース」と。その理由とは?(撮影:下野雄規)
田辺 ああ、鞍がズレてしまったレースね。
佑介 あの鞍の位置であれだけ追ってくるなんて、普通は考えられないですよ。鞍ズレって、フォームで絶対にわかるんですが、アルテミスSの田辺先輩は、直線で鞍が浮いているところが映るまでわからなかったですもん。
田辺 実際は、3〜4コーナーですでに悲鳴を上げていたんだけど(苦笑)。
佑介 しかも、あのときって前ズレですよね? 後ろにズレるぶんには乗れるんですよ。でも、前にズレると、馬の体が一番動くところに乗ってしまうことになるから、本来ならその時点でほぼ終了なんですよね。そんななかでも田辺先輩は勝った。やっぱり人一倍、体幹がしっかりしてるんだろうなと思って。
(文中敬称略、次回へつづく)