サミット自身はとても元気いっぱい
ネット競馬のニュースでも紹介されていましたが、中央卒業生サミットストーンが現役を引退して種牡馬入りを目指すことになりました。
中央時代のサミットストーンは栗東の森秀行厩舎と美浦の田村康仁厩舎に所属。1200mから1800mと幅広い距離で通算4勝を挙げて、準オープンで走ってきました。その後は金沢で重賞4勝をし、2014年1月から船橋の矢野義幸厩舎の一員に。
その年の浦和記念では古巣中央馬勢を撃破。主戦の石崎駿騎手を背に好位につけ、勝負所で完全に前が壁になるアクシデントがありながらも、最後は内から盛り返して差し切った姿はインパクト抜群でした。
2014年浦和記念を制した時の様子
それ以外にも東京大賞典3着、白山大賞典2着になるなど、ダートグレードレースでも常に高いレベルで走り続け、地方競馬所属馬の活躍を称えるNARグランプリにおいて、最高の栄誉でもある年度代表馬を受賞。
厩舎オリジナルの阪神タイガースメンコを身に着けて(矢野調教師が熱烈な阪神ファンなのです)、550キロ台の雄大な体から繰り出すスピードとパワーあふれる走りで魅了し続けました。
2年前には再び中央の舞台に挑戦してアンタレスS(16着)に出走したのですが、レース中に蹄冠部を負傷しそのまま長期休養へ。復帰後には浦和記念で2着になるなど好走もありましたが、一時の勢いを考えると精彩を欠くレースが続きました。
今年1月3日の報知オールスターカップは好位についていくも勝負所で徐々に後退して競走中止。レース直後には矢野調教師も最悪な事態がよぎったそうです。結果的には命に別状なかったことは不幸中の幸いでしたが、右前繋靭帯断裂を発症し、このまま現役を引退することになりました。怪我を治した後に、来年以降の種牡馬入りを予定しているそうです。
1月27日早朝に北海道の牧場へ向かう際、お見送りに行ってきました。まだ怪我の箇所は痛々しいものでしたが、サミット自身はとても元気いっぱいで、担当の中野浩三厩務員にいつものようにじゃれついていました。「寂しくなりますが、種牡馬を目指せるので本当によかったです」と中野厩務員。
中野厩務員からお顔をふいてもらうといつも気持ちよさそうにしていたサミットストーン。こういう姿が船橋競馬場で見られなくなるのは寂しいです
矢野調教師や中野厩務員、自厩舎の小杉亮騎手、マスコミ数人が集まりました。調教パートナーだった西村栄喜騎手は別の馬たちの調教時間と重なっていて、1頭の馬だけに寂しがっていられないのもこの世界です。
厩舎の皆さんでお見送り
矢野調教師から送られたたくさんのニンジンやバナナ、リンゴとともに、サミットは北海道へと旅立っていきました。
「最初うちに来た頃はこっちのオープンでは力が足りないかなって感じだったけど、どんどん馬が変わって実が入ってしっかりしてきて、こんなに成長してくれるとは思わなかった。一番印象に残っているのは浦和記念(優勝)で、直線短いコースであの絶望的な位置から差し切ったのは忘れられないね。年度代表馬を決めたレースにもなったから」(矢野調教師)
矢野厩舎からはルースリンドが種牡馬となり、南関東クラシック一冠目羽田盃を制したストゥディウムを送り出すなど、数少ないチャンスをしっかり生かして、堅実な仔たちを誕生させています。
最近は南関卒業生が種牡馬入りする機会が多くなりました。血のドラマも競馬の醍醐味で、楽しみが尽きません。
『サミット本当にお疲れ様でした!今は怪我をしっかり治して、今度はお父さんとして頑張ってください!』