◆「相手にマークさせる」戦い方
プラスとマイナスの両面からものごとを判断する、適切な対策を講じるには、この「智」は欠かせない。「孫子」は将たる者の条件のひとつにこの「智」をあげている。曰く「智者は必ず利と害の両面から判断する」と。この「智」は、洞察力とか先見力といった意味に通じるが、何か事を為そうとするときには欠かせない。
手首に当たる風でペースが読める武豊騎手は、好スタートを切って自分のリズムでレースを進めるのが巧い。以前外国人騎手の中に、彼についていけばレースの流れに乗ることができると、いつも彼を見てペースをつかんでいる者がいた。似たような話は、昔からよく耳にしている。キタサンブラックの大阪杯優勝から、ふと思ったのだ。
菊花賞、天皇賞春、ジャパンカップと勝ってきて、今度の大阪杯は二千米、どう戦うのだろうかと。先行馬は、いつもライバルに見られている。それに逃げ一手の馬がいるから、主導権を取ることはできない。ペース判断は、何番手につけるのかなど、プラスよりマイナス面を危惧してしまうのだ。
ところが武豊騎手は、他馬にマークされるのではなく、マークさせるのだと言っていた。マークさせるのであれば、主導権はこちらにある。しかも、マルターズアポジーの武士沢騎手がどんなにはなして逃げていても、どっしり3番手でわれ関せずの体(てい)。どう見ても、なんのロスもなく走っていたのだ。「相手にマークさせる」戦い方は、3角で後続を確認すると前に照準を合わせ少しずつ動き出した。普段より早めに動いたが、今のキタサンブラックならこれで大丈夫と。逃げた武士沢騎手は「自分のペースに持ち込んで逃げたけれど、キタサンブラックに来られたときのプレッシャーはすごかった」と述べていた。
充実し切ったキタサンブラックのレースは、鞍上の武豊騎手の「智」のままに戦っている。その戦いぶりは、武豊騎手そのものといってもよかった。「智者は必ず利と害の両面から判断する」というその結果から、この人馬一体の完成された姿になったのだ。これを上回るには、どんな手があるのか。新たな戦いが始まる。