▲追い込みのイメージが強い武士沢騎手に「逃げ戦法はあまり好きではないのでしょうか?」との読者質問が
前回、思い出の馬たちのエピソードを語った武士沢騎手。そのラインナップは、癖の強い馬たちが多い。「普通なら競馬のことだけ考えればいいけど…」と、癖馬に乗る上で人知れず心掛けていることを明かします。その流れで、武士沢騎手は逃げることが少ないのでは? という話に。追い込みの印象が強い武士沢騎手から、思いがけないホンネが飛びだします。(取材:赤見千尋)
(前回のつづき)
僕のこと「スタートが遅い」って思ってるでしょ?
赤見 思い出の馬やレースについてお話をうかがってきましたが、改めて個性の強い馬が多いですね。
武士沢 いいんじゃないんですか。そういう馬って紙一重だからね。その個性が走ることに生かされる場合もあるし、僕もそうなるように意識して乗っているから。実際、気性の激しさが走るほうに出てくれている馬もいるし、そういう馬が回ってくるのも縁なのかなって。
赤見 なんかこう、一癖ある馬は武士沢騎手に…みたいな流れがありますよね。
武士沢 障害以外なら、どんな馬でも乗りますよ!
赤見 さすがです(笑)。では、ここからは、騎乗論につながる質問を通して、武士沢騎手の“個性”に迫っていきたいと思います。まずは、
「苦労した馬はやはり覚えているものですか??どういった苦労が多いのでしょうか?(Noriwoさん)」。
武士沢 苦労した馬……いっぱいいるからなぁ。ほぼ苦労してると言っていいくらい(笑)。普通は競馬のことだけ考えればいいけど、僕の場合、「競馬までどうやって向かおうか…」っていうところから始まる馬もたくさんいるからね。
赤見 それは返し馬とかゲートとか?
武士沢 そうそう。上手く返し馬をしてあげなくちゃ、ゲートでも悪さをしないように気を付けなくちゃって。最悪の場合、ゲート再試験になってしまうパターンの馬とかたくさんいるから(笑)。そういう課題をいくつも消化しながら競馬に向かわなくちゃいけない。競馬は二の次といったら言い過ぎだけど、無事にゲートを切るまでが試練になっちゃってる馬も多いから。
赤見 展開とかポジション取りとか、それ以前の問題ということですね。
▲無事にゲートを切るまでが試練…「展開とかポジション取りとか、それ以前の問題ということですね」
武士沢 そうですね。競馬のことだけを考えればいい馬はすごく楽だけど、そうはいかない馬が多いから。でもね、ある意味、ずっと勉強させてもらってる。「油断するなよ」っていうことなのかもしれないと思ったり。ただやっぱり、競馬に行くまでにいろいろ考えさせられるっていうのは、正直、けっこう負担です(苦笑)。
赤見 とくにゲートの不安とかは大きな負担ですよね。
武士沢 スタートは確かに大事なんだけど…。僕はよく、スタートが遅いとか出遅れるって思われがちで。思ってるでしょ?
赤見 いえいえ、思ってませんよ!
武士沢 ゲートが悪くなる馬って、だいたいわかるんですよね。そういう馬は、ここでゲートに集中させてしまうと、次がダメになるかも…とか、僕なりに考えてやっていて。とりあえず、今回はゲートが負担にならないように、先につなげていこう、とかね。
赤見 出すことよりも、まずはゲートを嫌いにさせないことを重視しているということですね。
武士沢 そうそう。馬にとって、ゲートがプレッシャーにならないように段階を踏んでいく。そうすれば、いずれ勝手に出るようになるから。まぁ未勝利馬だと、そうも言っていられないんだけど。でも、ゲートが悪くなりそうな馬をいきなり出して行ったりすると、次から立ち上がったりするようになるケースもあるからね。そうなるくらいなら、1、2回は(出遅れても)我慢してもらって…。そういう意識はありますね。だから、ファンの人にも全部が全部、「なんだよ、出遅れてんじゃないかよ」と思わずに見てほしい。癖のある馬に乗ることの多いジョッキーは、そういうふうに考えているケースも多いよ。普通に大人しい馬だったらね、ポンとスタートを切って、行けるならハナに行きますよ。
赤見 次の質問も関連性があるんですが、
「追い込みのイメージが強かったのですが、最近は華麗に逃げ切るレースも多い気がします。どちらが得意なのでしょうか?(ニャントラさん)」。
武士沢 これは昔から言ってるんだけど、好きで後ろから行っているわけではないからね(笑)。ゲートが悪くて後ろからになってしまうパターンも多いし、やっぱり馬のリズムっていうものがあるから。そりゃあね、何の癖もなく普通にスタートを切って、流れのなかでハナに行ければ、それが一番理想的。単純にペースを握れるわけだから。
赤見 前に行けることは強味ですからね。
武士沢 そうですね。だから、僕も前に行くほうが好きですよ。ただ、そういうタイプが少ないというだけで(笑)。それに、たまたま目立つところで後ろから行くレースが多かっただけで、得意とか不得意とか、そういうことではないです。
赤見 もうひとつ、“逃げ”についての質問なんですが、
「過去に武士沢騎手が逃げたレースを調べたときに、その回数が非常に少なく驚いた覚えがあります。そんな武士沢騎手が、マルターズアポジーという馬に出会い、タメ逃げ、玉砕逃げと自由自在に操る姿に驚きを感じています。やはり逃げ戦法はあまり好きではないのでしょうか?(すーさんらいだぁさん)」。
武士沢 もう一度言いますが、僕だって前に行くほうが好きなんです(笑)! でも、後ろから行くからこそペースを読めるのであって、だから、逃げ馬に出会ったときにペースが作りやすい。ただ、マルターズアポジーは、自分からハナを主張していくというより、気がよすぎて行ってしまうタイプだから、そこを制御しなくちゃいけない難しさはあります。この前の七夕賞のように、ああやって長いあいだ競られてしまうと、もう無理だよね。
赤見 武士沢騎手が自由自在に操っているわけではないと。
武士沢 そうです、そうです。自分でペースを作って楽に逃げるとかではなく、馬との勝負というか、駆け引きというか。僕の場合、そういったなかで逃げるケースが多いからね。「行く馬がいないから行ってみよう」と思ったところで、スンナリ行ける馬にはあまり乗ってない(苦笑)。
赤見 ただやはり、マルターズアポジーでイメージが一新された感じはあります。
▲マルターズアポジーと武士沢騎手、コンビでの4勝は全て逃げ戦法(写真は小倉大賞典優勝時、(C)netkeiba.com)
武士沢 そうはいっても、僕が逃げ馬にしているわけではないからね。あくまで行ってしまう、というだけで(笑)。正直、2番手で競馬ができたらどんなに楽だろうと思ったりもするけどね。それにしても、逃げた回数とか調べられているのは嫌だなぁ。確かに逃げることは少ないかもしれないけど…。そこは否定しません(笑)。
赤見 確かに、武士沢騎手が逃げていると、「あ、逃げてる!」と思うかも(笑)。
武士沢 逃げたとしても、下手したら3コーナー過ぎで止まる可能性がある馬たちもいるからね。だったら、最後まで頑張れるように競馬を教えていったほうがいい。馬券を買ってくれている人たちだってさ、線香花火みたいにパッと止まってしまうよりも、最後まで踏ん張って、上位を目指す競馬のほうがいいでしょ? でもやっぱり、最後まで踏ん張らせないと意味がないから。そうなると、必然的に後ろからの形になってしまう。
(次回へつづく)