▲最終回のテーマは『日本人騎手が海外へ行く意義』、自ら海外へ出向くことの本当の価値とは
フランスで開業する小林調教師と「日本の競馬、世界の競馬」について語ってきた対談も、いよいよ最終回。今回のテーマは『日本人騎手が海外へ行く意義』。この夏、川田騎手(8月14日〜)や小崎騎手(8月24日〜)が海外へと旅立ちます。今は外国のトップジョッキーが日本に乗りにくる時代。それゆえ「日本にいても技術は盗める」という声もありますが、小林師は「それは違う」と言います。自ら海外へ出向くことの本当の価値とは。(取材・構成:不破由妃子)
(前回のつづき)
「綾也には帰国したら、びっくりするくらいブレイクしてほしい」
小林 タナパクも言ってたんだけど、佑介くんも、「外国にきて、初めてユタカさんの凄さがわかった」って言ってたよね。
佑介 はい。日本では一緒に乗っているのが当たり前なので、どうしてもそういう感覚が鈍くなっていると思うんですが、海外に行ってみて、その存在の大きさに改めて気づいたというか。
小林 世界で通用するジョッキーになるためには、さっき話した技術面だけではなく、そういうところも大事なんだよ。たとえば、ユタカさんは、アメリカ、イギリス、フランス、香港など、どこに行こうがその国の調教師やジョッキーに「ユタカ、よくきたね」って迎えられる。アンドレ・ファーブルですら、ユタカさんのもとに握手を求めてやってくるからね。
▲6月24日に中央競馬史上初のJRA通算3900勝を達成した武豊騎手 (C)netkeiba.com
佑介 そうですよね。その存在感こそ、ユタカさんが若い頃からコツコツと積み上げてきた実績なんですよね。
小林 だからこそ、競馬でも「ユタカだ、気を付けよう」ってなるわけだし。結局、日本人のジョッキーのなかで、そういう存在はいまだにユタカさんしかいない。
佑介 以前、「なんで俺のあとに誰も続かないんだ」って、ユタカさん本人も話していました。
小林 あと、「今は日本にたくさん外国のトップジョッキーが乗りにくるから、わざわざこっちから行かなくても技術は盗める」と思っている日本人ジョッキーがいるでしょ?
佑介 たくさんいると思います。
小林 僕から言わせれば、それは嘘だよ。まず、その地に行って、自分の目で見て、その場で感じてみないことにはわからないことがたくさんあるはずだから。どのくらいのペースで流れて、どのくらい馬群が詰まるのか、そのうえでどう対処するのかなんて、感じてみなければわからないよ。
佑介 そうですね。刺激にもモチベーションにもなりますが、日本で海外のトップジョッキーたちと一緒に乗ったとしても、それはあくまで“日本の競馬”ですからね。
小林 そうそう。外国に日本馬が遠征するとき、外国人ジョッキーに乗り替わりになるケースが多いでしょ? それに対して、不満が出るのはわからなくもないけど、たとえば僕の厩舎の馬がエリザベス女王杯に出走することになったとして、フランスでいつも乗っているジョッキーが日本での騎乗経験がなかったとする。そうしたら、じゃあユタカさんにお願いしてみようかってなるよ。そこはやっぱり勝負の世界の厳しさというか、結果によって、種馬としての価値が何十億と変わってきたりするからね。だから、世界で活躍するのはもちろん、自分のお手馬に海外でも乗りたいと思うのなら、普段からもう少し外に出ていくべきではないかと思うけどね。
佑介 僕も、行く前と同じ状況が確保されているなら、いくらでも行きたいんですけどね…。勝手なことができない立場になってくると、なかなか難しくて。
小林 騎乗馬がいなくなってしまうからね。難しいのはわかる。
佑介 でも、そういうリスクを背負ってでも、行くだけの価値はあると僕は思います。だから、騎乗停止になった若手とか、なんで行かないのかなと思いますけどね。騎乗停止のときに行けば、競馬には乗れなくても自由に動けるわけですし。
小林 そうだよね。調教に乗って、現地で競馬を観るだけでも、それは大きな経験になる。そういうことを、もっと佑介くんが教えてあげればいいんだよ。
佑介 話してはいるんですが…。そこで若手が「よし、行ってみよう」とならない一番の原因は、僕が帰国後に大ブレイクしなかったことだと思うんです。それに関しては、すごく責任を感じていて。僕の成績がガラッと変わっていれば、「行ってみよう」と思うジョッキーが絶対に出てきたと思うから。
小林 僕が思うにね、一生のうち、1年だろうが半年だろうが「外国に住んでみた」という経験だけでも、おそらく人間的に大きくなると思う。たとえば、外国人の友達が2、3人できましたとかさ。それだけでも、人生にとってプラスになるはずなんだよ。ジョッキーとしても人間としても、そうやって経験値を上げていくことが大切なわけで。
▲「一生のうち、1年だろうが半年だろうが“外国に住んでみた”という経験だけでも人間的に大きくなると思う」
佑介 それは間違いないですね。僕だって、思い切ってフランスに行ったから先生に出会えたわけですから。
小林 もちろん、海外に出ていく若手を帰国後もバックアップできる環境作りだとか、そういうことも大事なんだろうけどね。
佑介 そうですね。小林先生もよくご存じだと思うんですが、僕がフランスに行っていたとき、駐在していたJRAの職員さんが、「ジョッキーが少しでも海外に出やすくなるように、JRAサイドでも体制を整えていきたい」とおっしゃってくれていて。だから、期待しているんです。この夏、(小崎)綾也が長期でオーストラリアに行きますしね。もともと海外志向があった子ですから。
→【ニュース】世界へ!小崎騎手が豪で長期武者修行 netkeibaでの連載も決定小林 いいことだよね。あとは、帰ってきてからも騎乗馬を確保してもらえる体制が定着すればいいよね。
佑介 以前に比べると、「せっかく海外で経験を積んできたんだから、応援してやろう」っていう調教師さんは増えましたけどね。あとは、帰ってきたらびっくりするくらい綾也がブレイクすればいいのにって。僕はそれが叶いませんでしたけど、周りのジョッキーが「俺も行けばよかった!」って地団駄を踏んで悔しがるくらい、帰国後は勝ちまくってほしいと思います。これだけ乗れている若手で、しかも減量があるうちに長期で海外に行くなんて、おそらく初めてだと思うので。
小林 そうだね。初めてかもね。
佑介 だから、すごく楽しみなんです。本当に頑張ってほしい。小林先生には、今後とも日本とフランスの架け橋となっていただいて。いまや、日本競馬にとって、先生は欠かせない存在ですからね。
小林 そうなることは、僕の夢でもあったから。日本の馬が凱旋門賞を勝つためのお手伝いができるなら、それはものすごく幸せなこと。そろそろ日本の馬が凱旋門賞を勝つべきだと思っているから。
▲フォワ賞から凱旋門賞を目指すサトノダイヤモンド、小林厩舎がサポートすることになっている (2016年有馬記念優勝時、撮影:下野雄規)
佑介 凱旋門賞を勝つことは、先生の夢でもありますよね。
小林 もちろん。でも、そんな大きなことは言わない(笑)。ウチの厩舎は、まだ重賞を勝ってないからね。ただ、おかげさまで馬の質もだいぶ良くなってきたし、もうちょっとのところまできているから。最終的には、強い日本馬をウチの厩舎の馬で負かしたいね。
佑介 それが先生の野望ですものね。
小林 そうです(笑)。佑介くんもさ、タイミングを見て、またフランスにおいでよ。馬を用意しておくからさ。
佑介 はい! 本当にまた行きたいと思っているので、そう言っていただけるとうれしいです。先生、今日は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。
▲「タイミングを見て、またフランスにおいでよ」「はい!本当にまた行きたいと思っているので」
(文中敬称略、了)