日高軽種馬農協発刊の軽種馬当歳馬名簿
サラブレッド市場好況の影に潜む、日高の地区間格差
先日、日高軽種馬農協が2017(平成29)年度当歳馬名簿を発刊した。この名簿は毎年この時期に刊行され、各生産牧場より届け出のあった日高管内のサラブレッド5050頭が生産者名ごとに記載されている。一昨年の2015年には4829頭、昨年は4909頭の記載だったので、ここにきて年々生産頭数が上昇に転じてきていることが分かる。おそらく今年のセリ結果などから、来年はさらに生産頭数が増加するであろうことが予想される。
町別では、えりも14頭(2016年15頭、2015年12頭)、様似83頭(同81頭、84頭)、浦河717頭(同730頭、731頭)、荻伏462頭(同462頭、431頭)、三石506頭(同522頭、510頭)、静内983頭(同979頭、1001頭)、新冠986頭(同1010頭、993頭)、門別1146頭(958頭、932頭)、平取153頭(同152頭、135頭)という内訳になる。
参考までに、2016年と2015年の頭数をカッコ内に挙げておいた。このデータだけで日高の生産状況についてあれこれ結論を出すのはもちろん無理があるし、ほとんどが誤差の範囲内の数字の動きでしかないので、目立った変化が起こっているわけではない。
しかし、その中で、門別の生産頭数の増加だけはかなり突出している。名簿に記載されている日高全体の生産頭数のこの2年間の増加分221頭のほとんどを門別(214頭増)が占めている計算になる。
一口に日高と言っても、西は日高町(旧門別町)から東端のえりも町まで、ひじょうに広い。同じ日高でありながら、西と東とでは、取り巻く環境が相当異なっている。門別地区の状況については詳しく知らないが、外から見た大ざっぱな印象で判断すると、日高の中では最も大手の牧場が新たに進出してきている地域であろう。
それもそのはずで、何より交通の便が日高東部とは比較にならないほど恵まれている。来春、厚賀インターまで延伸、開通する予定の日高道が、すでに日高門別まできており、例えば苫小牧、札幌への所要時間を比較しても、私の住む浦河などから比べると、羨ましくなるくらいに近くなっている。生産牧場が交配のために社台スタリオンに向かう際にも、門別と日高東部とでは、人馬の負担がまるで違う。
もちろん千歳空港にも近い。本州から空路でやってくる人が、レンタカーで牧場に馬を見に行く場合にも、所要時間と距離のことが常に気になるだろう。門別で用が足りるのならば、わざわざその先の新冠以東まで足を伸ばそうとは考えない。また熱心なオーナーが自前の牧場を持とうとした場合でも、同じ程度の条件であれば、絶対に空港に近い方を選ぶ。こういうハンディキャップを抱えたまま、日高中部、東部の生産牧場は日々生産に勤しんでいる。
さて、バブル期以来とも称されるサラブレッド市場の好況を受けて、来年以降はさらに生産頭数が増えて行くであろうと冒頭に記したが、一方で、そうことは簡単に運ばない事情もある。その最たる要因が、慢性的な人手不足である。若い従業員確保が年々難しくなってきていることもそうだし、何より、中小牧場の経営主の高齢化が一段と進行していることが、大きな問題として浮上している。経営主の高齢化と後継者不足はコインの裏表のように密接不可分な関係にあり、日高全体の将来をひじょうに危ういものにしている。
経営主がたとえ高齢になっても、若い労働力が確保できるのならば当面は牧場を継続できるだろうが、その若い労働力そのものが今はひじょうに数少なくなってきている。3Kの代表のような生産牧場の現場で働きたいという若者は今や絶滅危惧種に等しく、まして、能力が高い若者が馬業界に参入してきても、多くは騎乗者として育成牧場に流れ、生産牧場にはなかなか人が回ってこない。またそういうしっかりした若者ほど、競馬学校厩務員課程を経て中央競馬のトレセンに転職してしまう。
すでに日高東部(に限らないかもしれないが)では、放置されたまま誰も管理しなくなった空き家の牧場が目につくようになってきた。雑草に覆われ、荒れ果てた外観の元牧場が近隣にあると、美観を損ねるのみならず、自身の牧場の担保価値さえ下落してしまう。
しかし、今後10年も経てば、そういう牧場はさらに激増して行くだろう。景気が良い、売れ行きが良いと言われながら、目に見えない部分からじわじわと崩壊が進行している。