▲新人時代の葛藤、徐々に自身の進退を考え始めた心の変遷を辿っていきます
2010年に競馬学校第26期生として卒業。2年の留年を経て、川須栄彦騎手や高倉稜騎手らと共にデビューしました。デビュー週には、同期一番乗りで初勝利。順調なスタートを切り、迎えた3年目、減量最後の年…。「ちょっと焦りすぎたのかもしれません」と振り返った平野元騎手。落馬により内臓を損傷する大ケガを負ってしまいました。新人時代の葛藤、徐々に自身の進退を考え始めた心の変遷を辿っていきます。(取材:赤見千尋)
ケガをして変わってしまったこと
赤見 理想と現実とのギャップにモヤモヤしたものを感じていたとのことですが、そんななか1年目は7勝、2年目は16勝と、順調に勝ち星を伸ばされて。
平野 はい。当時は周りの厩舎の先生にもチャンスをいただきました。数もけっこう乗せてもらえていたので、そこでもっと波に乗りたかったんですけどね。
赤見 そうですよね。ご自身としても手応えをつかんで、存在感もどんどん出てきて。で、迎えた3年目に…。
平野 4月の福島で落馬して、大きなケガをしてしまいました。減量最後の年だったので、“よし、頑張ろう!”と思っていた矢先でした。今思うと、ちょっと焦りすぎたのかもしれません。
赤見 やっぱりその時期のケガは大きかった。
平野 ケガのせいだけにはしたくないんですけど、リズムが悪くなってしまったのは間違いないですね。
赤見 どのくらい休養されたんでしたっけ?
平野 半年くらいです。今振り返ってみても、あの時間はすごく長く感じました。骨は折れなかったんですけど、腎臓と肝臓と肺を損傷してしまったので、けっこうずっと痛くて。落馬したときに記憶が飛んだなんてよく聞きますけど、僕の場合、まったく飛ばなかったんです。
▲「落馬したときに記憶が飛んだなんてよく聞きますけど、僕の場合まったく飛ばなくて」
赤見 それは辛い…。
平野 そうなんです。落ちた瞬間から全部覚えていました。入院自体は2カ月弱くらいで、あとは自然に治るのを待つだけだったので、そのあいだは苦しかったですね。
赤見 3年目で、“さぁここから”というときだっただけに、焦る気持ちもあったでしょうね。
平野 ありましたね。とにかく早く乗りたくて、気持ちばかりが焦ってしまって。そんなときに、二ノ宮先生が「大井競馬場で研修させてもらったら?」とアドバイスをくださったんです。
赤見 そうなんですね。実際に大井で研修したんですか?
平野 はい。大井の蛯名先生の厩舎で研修させてもらいました。二ノ宮先生にも蛯名先生にも本当に感謝しています。
赤見 そんなことがあったんですね。約半年の休養を経て、10月に復帰されたわけですが、そのときの気持ちはいかがでしたか?
▲「約半年の休養を経て復帰されたわけですが、そのときの気持ちはいかがでしたか?」
平野 減量期間が残り少なかったので、余計に焦ってましたね。焦る気持ちがある一方で、落ちたことがトラウマというか、自分のなかでちょっと考えてしまうところもあったりして。
赤見 気持ちとは裏腹に、ケガをする前とは同じように乗れなかった?
平野 そうですね。今回辞める決断をしたのは、まぁ乗れていないこともありますが、結局それがトラウマのようにずっと残っていたこともきっかけのひとつです。バランスとかも含め、以前のように乗れていないのは自分が一番わかっていたので。そのモヤモヤをずっと抱えていましたね。
赤見 自分が思うように乗れないというのは、心身ともにつらいですよね。その後、減量期間が5年に延びたわけですが、当時も5年だったとしたら、気持ちの持ちようがまたちょっと違ったかもしれませんね。
平野 そうかもしれません。でも、その立ち位置で踏ん張れなかったのは、あくまで自分。そこはもう仕方がないですね。
赤見 ケガをしたあとの5年間で、どんな気持ちの変遷があったのですか?
平野 減量もすぐに取れてしまったので、やっぱり最初に焦りと危機感がきて。それでも、次の年は二ノ宮先生がけっこう乗せてくださって、たしか4つ勝ったのかな。そこで勝たせてもらったことが自信になって、「まだ頑張れる」という気持ちが芽生えて、「がむしゃらに頑張っていこう」と思っていたんですけどね。そこからだんだんと…みたいな感じですね。
赤見 毎年、新しいジョッキーも出てきますしね。
平野 そうですね。結局、今思うとですけど、この5年間はダラダラと終わってしまった感じかもしれません。引退を決めた今、「もうちょっとやれることがあったんじゃないか」という思いもあります。
赤見 引退について、悩んでいた期間はどのくらいあったんですか?
平野 辞めてもいいかなと思ったのは、去年の初め頃からです。その前の年も勝っていなかったですし、さすがにちょっとな…という思いもあって。ここから新しいことを始めて頑張ろうというよりは、引退のほうに気持ちが傾き始めていましたね。
(次回へつづく)