▲定年まで5年を残して勇退する二ノ宮調教師(写真中)、師匠への想いを明かします(写真は2016年皐月賞優勝時、(C)netkeiba.com)
今月末をもって二ノ宮敬宇調教師が引退されることが発表されました。2016年の皐月賞(ディーマジェスティ)などGI6勝を挙げ、エルコンドルパサー・ナカヤマフェスタで凱旋門賞で2度2着になるなど、名実ともに美浦をけん引したトップトレーナー。デビューから自身の引退まで二ノ宮厩舎に所属した平野元騎手が、恩師への想いを語ります。(取材:赤見千尋)
【二ノ宮敬宇調教師のコメント】(JRAのHPより)
毎週の競馬開催に追われ、厩舎開業から28年が過ぎてしまいました。これまで調教師会会長や、海外遠征等、十分な成果は得られませんでしたが、貴重な経験をさせていただきました。突然で申し訳ございませんが、65歳になり、外から競馬を見ようと思い、2月末で退職させていただきたいと思います。
今まで支援していただいた馬主、協力してくれた牧場関係、支えてくれた従業員、応援していただいたファンの皆様に心より感謝いたします。そして、愛おしい馬達に対しありがとうございました。
▲ジャパンC、サンクルー大賞(仏)など国内外のGIを制した名馬エルコンドルパサー(写真は1998年NZT優勝時、撮影:下野雄規)
▲2010年の宝塚記念優勝時のナカヤマフェスタ、同年には凱旋門賞で2着に健闘した (C)netkeiba.com
ショックという表現しかできない、本当に残念です
赤見 二ノ宮先生が勇退されるという報道がありましたね。ご自身の引退とはまた別に、二ノ宮厩舎が終わるということについてはどんなお気持ちですか?
平野 正直、すごくショックです。定年まであと5年くらいなので、そこまで続けられるものとばかり思っていたので…。今でもショックという表現しかできないですね。本当に残念です。
赤見 先生の勇退が、引退を決断された一番の理由ですか?
平野 はい、そういうことになりますね。
赤見 名門厩舎らしく、毎年いい馬がいましたからね。平野さんがショックという言葉を口にされるのもわかります。今年もロックディスタウン(2月1日付で藤沢和雄厩舎に転厩)がいたし。
平野 そうですよね。でも、自分が辞めると決めたときも、けっこう「辞めるのはもったいない」って言われたんですけど、自分ではまったくそうは思えなくて。やっぱり、辞めると決めた人間にはそれぞれ思うところがあって、二ノ宮先生の本心はわかりませんが、たくさん考えて決められたことなんだろうなって思ったんです。さっきも言ったように、今でもショックではありますが、僕がショックを受けたところでどうしようもないなと最終的には思いました。
赤見 今の平野さんだから、先生の気持ちを慮ることができたんですね。
平野 そうかもしれませんね。僕自身、決断してからは未練もまったくなくて、「もったいない」って言われても「そうかな」みたいな感じでしたから。むしろ、早く次の仕事を始めたいなって思っていたくらいです。
赤見 二ノ宮先生は、お仕事ができて厳しい先生というイメージがあるんですが、どういう師弟関係だったんですか? おふたりにしかわからない絆もあると思うんですが。
平野 今でこそすごく話せるようになりましたけど、デビューして2年目くらいまでは完全にビビってました(苦笑)。先生と言葉を交わすのは「はい」と「すみません」くらいで、僕からお話をさせてもらうことはほぼなかったですね。しばらくそういう関係だったような気がします。
赤見 それがだんだんといろんなお話をするようになって。今はどんな存在ですか?
平野 たしかに師匠なんですけど、それ以上にいろいろやってもらいすぎて…。それこそ、親以上に面倒をみてもらったような気がするので、なんていうのか、親よりも親なんじゃないかと。
赤見 すごく素敵な関係!
平野 まぁ、こんなこといったら親に怒られちゃいますけど(笑)。
赤見 正直、あまりの厳しさに「二ノ宮厩舎なんか辞めてやる!」みたいな時期はなかったんですか?
平野 ん〜、あったかもしれませんが…(苦笑)。でも、今あるのは、二ノ宮厩舎で本当によかったという思いだけです。それはずっと思っています。
▲平野「二ノ宮厩舎で本当によかった、それはずっと思っています」
赤見 持ち乗り厩務員として、第二のホースマン人生を歩み始めたわけですが、その先にある夢というと?
平野 「調教師を目指すの?」と聞かれたりもしますが、今のところ、そういう考えはないです。二ノ宮先生という偉大な先生のそばで働いて、調教師がいかに大変な仕事か僕なりに見てきたつもりなので。ただ、この先、いろんな馬と出会ったら……あ、夢といっても、そんな先のことまで言わなくていいんですよね(笑)。
赤見 いえいえ、それだけ考えてらっしゃるということですから、ビジョンがあればぜひ聞かせてください。「競馬界」というと、どうしてもみんな似たような仕事をしているように思われがちですけど、実際はそうではなくて、ジョッキーと持ち乗り厩務員では、責任の所在から仕事内容までガラリと変わるわけじゃないですか。だから、新しい経験を通してまた気持ちが変わるかもしれないし、あるいはそこを極めたいと思うかもしれませんしね。
平野 そうですね。でも…、たぶん調教師は目指さないかな(苦笑)。とりあえず、自分の担当した馬で勝ちたいです。その先にある夢としては、やはりGIに出走できるような馬を手掛けること。伊藤大士厩舎のスタッフのみなさんと、そういう馬を一緒に作っていければいいなと思っています。
赤見 まだ28歳ですものね。どんな方向にも夢は広がる一方で。
平野 僕もそう思っています。ジョッキーとして成功することはできませんでしたけど、この年で新たな道に進めるというのはある意味ラッキーで、僕のなかではうれしいこと。今まで支えてくれたジョッキー仲間に、今度は厩務員、あるいは調教助手という立場で、いいレースをしてもらえるような馬を作っていきたいです。
(了)