前回の当コラムでは、美浦の大規模改修に触れた。折も折というべきか、4月8日の桜花賞(阪神・GI)で、アーモンドアイが圧勝した。同馬が所属する国枝栄厩舎(美浦)は、「栗東滞在のパイオニア」だが、今回の同馬はシンザン記念(京都・GIII)から3カ月のレース間隔で直行。美浦帰厩は3月15日で、阪神には前日輸送だった。
実は美浦所属馬の直近2度の桜花賞制覇は、2010年のアパパネと13年のアユサンで、いずれも栗東滞在だった。04年のダンスインザムード、06年のキストゥヘヴンは美浦から阪神への前日輸送で勝ってはいるが、近年のトレンドに照らせば、アーモンドアイの臨戦過程は全く異例だった。ノーザンファーム(NF)生産で、NFとの関係が深いクラブ法人「シルク」の所属の同馬が、主に調教された場所は、ノーザンファーム天栄(福島県)である。トレセンと外厩の政治力学にあって、今回の勝利はパワーシフトの契機として記憶されそうだ。
「名伯楽の時代」は終わった?
外厩が日に日に存在感を増すと、反作用としてトレセンで開業する調教師の影は薄くなる。今年2月、定年などで12人の調教師が厩舎を閉じたが、この中には定年まで5年を残した二ノ宮敬宇・元調教師(65、美浦)もいた。
エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタで2度の凱旋門賞2着を記録し、5頭が国内GIを6勝。退いたのは個人的事情とされるが、大手オーナーブリーダーが圧倒的力を持ち、馬づくりの主導権がこうした勢力の運営する外厩に移る時代に、どこか象徴的だ。
▲ディーマジェスティで皐月賞を制した際の二ノ宮敬宇調教師(当時、写真中央) (C)netkeiba.com
もっと衝撃的だったのは、年明け早々に明らかになった角居勝彦調教師(54、栗東)の勇退である。実家が関わっている天理教関係の仕事を継ぐため、21年を最後に現役を退くという。国内GIは24勝で、現役最多の藤沢和雄調教師(66、美浦)と2勝差。海外でもドバイワールドC、メルボルンCなどGIを5勝し、07年にはウオッカで牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制するなど、既に実績は「レジェンド」の域にある。
そんな人物が57歳の誕生日を前に退くのだ。角居調教師は開業前、藤沢和調教師の下で研修した縁があるが、藤沢和調教師も22年2月に定年を迎える。名伯楽の時代が幕を降ろすのだろうか?
▲ウオッカで牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制した角居勝彦調教師 (撮影:下野雄規)
二ノ宮、角居両調教師が退く理由は、あくまでも個人的事情とされている。2人の「退場」を、厩舎事情の変化と絡めて論じるのは拡大解釈に過ぎるかも知れない。ただ、全体的な状況として、「調教師は面白い仕事なのか」は、相当に深刻な問題として浮上しつつある。前記の通り、大手オーナーブリーダーが運営する外厩が存在感を増す中で、調教師の役割は馬集めに集約される流れにあり、それ以外の「外注化」が進む。GI級の馬でさえ、美浦・栗東に在厩する期間は短くなり、今では調教師が「指揮者」とは言い難い。
レース選択と騎手選びも調教師の重要な役割だったが、今日、勝利数上位に位置する騎手であればあるほど、騎乗依頼仲介者(エージェント)を通じて大手オーナーブリーダーと直接つながり、数カ月先の日程まで固まっており、その分、調教師の裁量権は狭まった。