▲絶対王者オジュウチョウサン、世界挑戦の可能性は? (写真は2018年中山グランドジャンプ、撮影:下野雄規)
4月の中山グランドジャンプを制し、障害GI・5勝目を挙げたオジュウチョウサン。この勝利は「障害GI最多勝記録更新」「JRA重賞連勝記録単独首位」「障害獲得賞金歴代1位」と数々の記録も打ち立てました。もはや国内に敵なし! 絶対王者の海外遠征を望む声が、ファンの間から挙がっています。
そこで“世界の合田”こと合田直弘氏が、「オジュウチョウサンが海外遠征するならば?」をテーマに、世界の障害レースの最新事情と、挑戦するに最適なレースをピックアップ。無類の障害好きでもある合田氏。「グランドナショナルを目標とするようなことだけは、あってはならない」と言い切った、その理由とは!?(文=合田直弘)
グランドナショナルは主流の路線ではない!?
海外の中でも、障害戦の人気が高いのが欧州と豪州だ。ことに欧州では、平地競馬よりも障害競馬の方が、むしろ大衆の支持が高いと言っても差し支えがない。
欧州で障害戦の人気が高い背景には、理由が2つあると言われている。
幼少の頃から馬に親しみ、乗馬を嗜む人の割合が、日本に比べると遥かに大きいのが欧州である。馬に乗る一般人にとって、時速60キロで疾走する機会はほぼ皆無であるゆえ、平地競馬に親近感が沸かない一方で、外乗して倒木や小川を飛び越えた経験のある者はとても多い。すなわち、平地競馬よりも障害競馬の方が身近に感じられるから、人気が高いのだというのが、言われている背景の1つだ。
そしてもう1つは、障害馬の寿命の長さである。平地では、活躍馬がともすれば3歳一杯で引退することも珍しくないのに対し、ピークを迎えるのは6歳以降であるものの、10歳を越えても第一線で活躍する馬が多いのが障害戦だ。馴染みの馬が長期間現役に留まる障害競馬の方が、思い入れを込めて観ることが出来るゆえ、障害の人気が高いという分析がなされている。
英国や愛国を例にとれば、障害シーズンは5月に始まり、翌年の4月に終わる。しかし、平地競馬がハイシーズンを迎える5月から10月までは、一流馬が出走する障害レースは開催されず、言ってみればこの間が実質的なシーズンオフとなる。そして、芝の平地競馬のシーズンが終わった後の11月からが、本格的な障害のシーズンとなる。
すなわち、平地も障害も好きという競馬ファンは、1年を通じて競馬が楽しめる仕組みが出来ているのだ。競馬日刊紙のレイシングポストなども、11月から3月までは、紙面の中心にあるのは障害戦の話題だ。
ひと口に障害戦と言っても、内容的にいくつかのカテゴリーがある中、レースが施行される場所が競馬場で、出走馬がコース上に設置された障害を飛越するという、私たち日本の競馬ファンにも馴染みの障害戦にも、「ハードル」と「スティープルチェイス」という2つのカテゴリーがある。
きわめて大雑把に分別すれば、飛越する障害の数が少なく、障害の難度が低いのが「ハードル」で、飛越する障害の数が多く、障害の難度も高いのが「スティープルチェイス」だ。
これ以外に、「ナショナルハント・フラット」と称される、障害馬のための平地戦もあって、デビューからいきなり障害を跳ぶ馬も少なくない。障害馬の現役生活は「ナショナルハント・フラット」からスタートするのが一般的だ。
その後に「ハードル」に転身し、そのまま引退するまで「ハードル」を走る馬もいれば、「ハードル」を1〜2シーズン戦った後に、飛越の巧みな馬たちは「スティープルチェイス」に転身するというのが一般的なルートとなっている。
「ハードル」にも「スティープスチェイス」にも距離別の路線があるが、いずれも主流と言われているのが、16F(約3219m)路線と24F(約4828m)路線だ。その中間の20F(約4023m)路線にもいくつかの基幹競走があるが、王道は16Fと24Fの路線で、シーズン終盤には「ハードル」「スティープスチェイス」それぞれの16F路線と24F路線を締めくくるビッグレースが組まれており、シーズンのチャンピオンを決定するレースとして、競馬ファンの大きな注目を集める中での施行となっている。
この他、そのシーズンにハードルデビューを果した、ハードル界のルーキーを「ノーヴィス・ハードラー」、そのシーズンにスティープルチェイスを跳び始めた、スティープルチェイス界のルーキーを「ノーヴィス・チェイサー」と称し、シーズン終盤には「ノーヴィス・ハードラー」や「ノーヴィス・チェイサー」だけに出走資格のあるG1競走も組まれている。平地に例えれば、デビューしたばかりの2歳馬のためのG1競走があるのと、同じ理屈である。
ここまでお読みいただいて、おや? と思われた読者もおられるであろう。
海外の障害戦と言えば、多くの皆様が真っ先に思い出すのが、4月に英国のエイントリー競馬場で開催されるグランドナショナルであろう。全世界で6億人以上がテレビ視聴する、世界一有名で世界一過酷なこのレースの距離は、34F74y(約6907m)である。前述した主流の路線から逸脱しているではないか、と言われれば、まさにその通りで、距離が極端に長いこと以外にも、様々な意味で規格外のレースがグランドナショナルなのだ。
日本よりも遥かに重い斤量と重馬場は懸念材料だが
コース上には16の障害が設置されていて、このうち14は2度飛越するから、完走するために出走馬は30回の障害飛越を行なうことになる。スティープルチェイス24F路線の総決算と言われるG1チェルトナムゴールドCの飛越が22回だから、グランドナショナルの30回は傑出して多いのだ。
中でも最大の難所と言われているのが、グランドナショナルでは6号障害と22号障害となる「ビーチャーズブルック」だ。飛越側から見た障害の高さは4フィート10インチ(約147cm)だから、それほど高さのある障害ではない。
だが、罠は着地側に用意されていて、着地側の地面が飛越側の地面より1フィート11インチ(約58.4cm)も低くなっているのだ。別の言い方をすると、着地側から見たビーチャーズブルックの高さは6フィート9インチ(約206cm)もある。飛越した馬は、あるべきところに地面がなく、騎乗者は「真っ逆さまに落下する」感覚を味わうことになるのだ。
なおかつ、着地側には障害に添って深さ1フィート3インチ(約38cm)、幅2フィート(約61cm)の水濠が設置されているから、飛越に失敗した人馬は濠に落ちて水浸しになりかねないという、とんでもない代物がビーチャーズブルックなのだ。
今年のグランドナショナルは、出走38頭の中で完走したのが12頭というのも、おわかりいただけよう。
オジュウチョウサンの海外遠征を望む声がファンの間から挙がっているが、実現したとしても、グランドナショナルを目標とするようなことだけは、あってはならないと思う。
スタミナが無尽蔵にあると言われているオジュチョウサンだけに、狙いを定めるとしたら24F路線で、それも障害の難易度が低いハードルの24F路線に照準を絞るのが、現実的ではないかと見る。
具体的には、12月にアスコットで行われるG1ロングウォークハードル、3月にチェルトナムフェスティバル3日目のメイン競走として行われるG1ステイヤーズハードルあたりが、目指すべき舞台となるはずだ。
ただし、そこにも問題はあって、その筆頭が、日本よりも遥かに重い斤量だ。いずれも別定で、オジュウチョウサンはロングウォークハードルだと11ストーン7ポンド=約73キロ、ステイヤーズハードルだと11ストーン10ポンド=約74.4キロを背負わなくてはならないのだ。
更に、季節的に重馬場になる確率が非常に高いのも、懸念材料である。
極めて厳しい条件だが、オジュウチョウサンならば、なんとか克服してくれるのではないか。そんな期待を、筆者も抱いている。