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師匠のラストダービーでクビ差2着 馬主となった師匠と挑む“兵庫ダービー”

  • 2018年06月05日(火) 18時01分
馬ニアックな世界

▲2016年の兵庫ダービー、ダービーの称号はゴール前でスルリとこぼれ落ちた(提供:兵庫県競馬組合)


 2年前、調教師引退を控えた師匠のラストダービーをクビ差2着で涙をのんだ騎手がいます。

 吉村智洋騎手(兵庫)、33歳。現在、自身初の全国リーディングを走りますが、2016年の兵庫ダービーではデビュー時から所属していた橋本忠男厩舎のエイシンニシパと挑み、一旦は先頭に立つも、思いがけない位置から差され2着。半年後、橋本師は引退し、師匠とのダービー制覇は幻になったかに思えました。

 ところが今年、師匠は立場を馬主に変え、共に兵庫ダービーを制覇するチャンスが巡ってきました。師匠が所有する馬はトゥリパ(牝3、平松徳彦厩舎)。上昇ムードの重賞2勝馬とともに再びダービーの夢に手をかけます。

顔面蒼白のダービー2着


 朝から雨が降り続き、ベチャベチャの馬場だった2016年6月16日。

 泥まみれになり兵庫ダービーを走り終えた吉村騎手は血の気の引いた顔で「師匠のラストダービーでしたが……僕が(運を)持っていなかったんでしょう」と言いました。彼にしては弱々しい声でした。

 この年の兵庫ダービーは、翌年明けでの引退を決めていた橋本師にとって最後の挑戦でした。橋本師はすでに2011年にオオエライジンで制覇していましたが、ダービーへの思いは強く、何度でも手にしたいタイトル。重要な一戦を有力馬エイシンニシパと迎える数カ月前から橋本師は鞍上についてこう宣言していました。

「ダービーはトモ(吉村騎手)でいく!」

 まだ兵庫ダービーのタイトルを手にしていない橋本一門の“末っ子”とともに挑む決意をしていたのです。

 迎えた兵庫ダービー。エイシンニシパは2番人気に支持されます。

 出走馬中最後に返し馬を丁寧に行い、スタートに備えました。

 大外から2番目の11番枠からスタートすると、出ムチを4発、5発と打ち、最初のコーナー手前で2番手に上がります。

「無理してでもあのポジションを取りに行かないと、と思っていました。これで行くって決めていましたし、展開も予想通りでした」(吉村騎手)

 逃げる1番人気マイタイザンを半馬身後ろでぴったりマークします。

 残り400mでマイタイザンに並びかけると、先頭で直線を迎えました。

 大きく体を鼓舞し、先頭を守る吉村騎手。もはやセーフティーリードかに思えました。しかし、後方で脚を溜めていたノブタイザンが大外から強襲します。

 園田競馬場のわずか213mの直線で7頭をゴボウ抜きにし、先頭のエイシンニシパにピッタリと並びかけたところがゴール。吉村騎手とエイシンニシパはクビ差だけ凌げず、師匠との初の兵庫ダービー制覇はスルリとこぼれ落ちていきました。

「乗り方に悔いはありません。師匠のラストダービーだから、余計に勝ちたいと思ったんですが……」

 吉村騎手は自分に言い聞かせるように悔しさを押し殺しました。

師匠と幻のダービー制覇へ


 あれから2年。

 調教師を引退した師匠は、立場を馬主へと変えました。

 記念すべき最初の愛馬はトゥリパ。弟子の一人だった平松厩舎から昨年6月にデビューすると、初戦で2着。以降も上位争いを繰り広げるものの、勝ちきれずにいた10月、重賞・兵庫若駒賞で吉村騎手と初コンビを組みました。やや気難しい面も持つ馬ですが、先手を奪うと直線でリードを広げ、2着に2馬身差をつけて初勝利を重賞制覇で飾りました。

 年が明け、育成牧場の坂路で乗り込んだのち3月に名古屋・若草賞に遠征。しかしこの頃、繊細な性格のトゥリパはカイ食いが細くなってしまい、馬体重が20kg近く減ってしまいました。そのため春は体を戻すことに重点を置かれてきました。管理する平松師はこう説明します。

「春先は調教を加減しながらしかレースを使えなかったんです。でも、最近になって体も戻ってきて、しっかり調教に乗れるようになりました」

 レースに向け、万全の準備をできるようになったトゥリパは5月17日、重賞・のじぎく賞で10番人気ながら通算2勝目かつ重賞2勝目を挙げました。

馬ニアックな世界

▲重賞・のじぎく賞を勝利、「よっしゃぁー!!」と雄叫びを上げる吉村騎手


「よっしゃぁー!!」と雄叫びを上げながら戻ってきた吉村騎手を師匠の橋本オーナーは「ようやった! おめでとう」と出迎えました。

 吉村騎手は喜びをこう話しました。

「誰よりも思い入れの強い馬なので、一発狙っていました。レースは途中からハナを奪われて、砂もかかってしまったのでメンタル的にキツイ展開になったにもかかわらずがんばってくれました。精神面での成長を感じましたね。最後は気持ちで負けないように、と思っていました」

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▲のじぎく賞の口取り


馬ニアックな世界

▲左から吉村騎手、橋本オーナー、平松調教師


 重賞2勝目を挙げたことにより、次なる目標は6月7日兵庫ダービーに決まりました。

「師匠の最後のダービーを負けてしまった悔しさがあるので、今年の兵庫ダービーは『勝ちたい!』って気持ちがかなり先行しています。2年前の兵庫ダービーもそれ以外のレースも、師匠は『スタートをしっかり決めて、上がり追ってこい』と言うだけで僕にプレッシャーをかけるようなことは言いませんでした。今回もきっとそう思っているでしょう」

 吉村騎手は重賞レースになると逃げなど積極的なレースを見せる姿が印象的ですが、兵庫ダービーに向けてレース展開はどう考えているのでしょうか。

「重賞レースは実力が拮抗していて、人気薄の馬でも自分の展開に持ち込められれば一発狙える馬が多いですからね。トゥリパはいつも通りスタートを決めて、できればハナか2番手で自分の形に持ち込みたいですね。あとは、師匠の運の良さを頼りにしたいです。運のいい馬が勝つと言われるダービーですから」

「僕が持っていなかったんでしょう……」とうなだれた雨の兵庫ダービーから2年。その間、全国リーディングは13位から1位へと登り詰めた吉村騎手。今年こそ師匠とのダービー制覇を掴み取れるでしょうか。

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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